『やさしい人』ギヨーム・ブラック監督インタビュー
昨年公開された中編『女っ気なし』(11)とその前の短編『遭難者』(09)で注目を浴びたギヨーム・ブラック監督初の長編映画『やさしい人』が10月25日(土)より公開される。かつてはミュージシャンとしてある程度は名を馳せたが、今は先行き不透明な不安を抱えるマクシム(ヴァンサン・マケーニュ)が、故郷フランスの小さな町トネールに戻ってくる。実家の父親(ベルナール・メネズ)との関係はどうもワケありの雰囲気。そんな彼が若い女性メロディ(ソレーヌ・リゴ)と出会い恋愛を謳歌しようとするのだが、彼女は元カレのサッカー選手とよりを戻してしまい・・・。小太りで頭髪が薄くて冴えないアラフォー独身男の恋愛話という物語の骨格は『女っ気なし』と大した違いはない。主演マケーニュも『遭難者』『女っ気なし』から続いてのブラック監督とのコラボレーションだが、スクリーンに姿を見せるだけで場をさらう雰囲気は相変わらずで、目が離せなくなる引力がある。
ただ、前作と違うのは作品を覆う空気のトーンだ。前作はほのぼのとして、いい意味でゆるい雰囲気だったが、本作は暗く重苦しく、緊迫感がある。主演俳優も主題の軸も変わらないのに、どうしてこうも印象が違う作品に仕上がったのか、その秘訣(?)について来日したブラック監督にお話をうかがった。
――今回の来日ではいろいろと日本を観光されたようですが。
ギヨーム・ブラック監督(以下GB):ウィ。東京を観光したり、鎌倉では小津安二郎監督のお墓参りや映画にゆかりのあるところ(海岸、寺院、駅など)を回ったりしました。鎌倉の海岸はホン・サンス監督の『3人のアンヌ』(12)に出てくる海辺に、どことなく似ている印象を持ちましたね。
――ちなみに観光された場所で、ここで映画を撮ってみたい!と思われた場所はありましたか?
GB:私にとって自分の関わりのないところで映画を撮るのは難しいと考えています。なので、私が日本を含むフランス以外の国で映画を撮ることはないでしょう。
――そうですか・・・。それはちょっと残念な気がします・・・。
それでは『やさしい人』についてお話を伺いたいと思います。本作の主人公マクシムの加齢に対する恐れと若さへの憧憬ゆえに衝撃的な行動に出てしまうという暗いお話というのは、『女っ気なし』と比べてかなり作品のトーンが違いますね。
GB:マクシムを演じるのは、僕の友人でもあるヴァンサン・マケーニュですが、本作では彼のコミカルな面を消し去ろうとしました。これまで彼が演じてきた役は、『女っ気なし』のシルヴァン役でもそうでしたが、コメディや滑稽なキャラクターが多くて、本作ではこれまでとは全く違うヴァンサンを見せたかったので、暗くて狂気じみた役柄を演じてもらおうと思いました。
――そうおっしゃいますが、セリフとセリフの行間に生まれる空気が豊かで、とても楽しんで観ることができました。
GB:行間を読むということは、ヴァンサンの表情からいろいろな事柄が読みとれるということだと思います。彼はキャラクターを“生きる”ことができる素晴らしい俳優です。『やさしい人』のマクシム役は『女っ気なし』のシルヴァン役よりはセリフは若干多いかもしれないけれど、やはり自分の感情をあからさまに出すことが得意ではない役です。そういう制限があるなかでも、ヴァンサンは自分の体や表情を使い、マクシムを表現しています。観客もそれを感じることでしょう。
――『女っ気なし』は夏の海辺のバカンス、本作は冬の森林地方という季節の設定です。ヴァンサンさんが『女っ気なし』とは正反対の性格の役柄を演じたこととも関係していると思うのですが、その設定に何らかの意図はあったのでしょうか?
GB:もちろん意図しています。『女っ気なし』は夏の明るいバカンス、本作はしんしんと雪が降り積もる冬の季節。2作品で季節の設定が異なることで、恋愛もまた違うように進みます。本作ではマクシムは付き合っていたメロディに去られるという孤独な状況に陥りますが、その残酷なシチュエーションを真冬に彼は味わうことになるわけです。寒さが厳しい環境のなかで彼女をひたすら求めるのですが、冬という季節がある種の暴力性、冷酷さを強調することになったと思います。
――また、舞台となったトネールという町が一つのキャラクターとして成り立っていたと思います。とても魅力的な町だと感じました。本作はトネールを舞台に決めてから物語を考えたのか、ストーリーの内容を決めてから舞台をトネールにしたのでしょうか?
GB:確かにトネールが主要なキャラクターの一人と言えるでしょうね。初めからトネールでこの映画を撮ろうと決めていました。トネールはとても神秘的な雰囲気のある町で、そして暗くてロマンチシズムに満ちています。町にある泉や地下の回廊などの雰囲気も重要な意味を持たせられると考えました。それと同様、メロディもある意味つかみどころがなく、どういう女性なのか分からなくて謎めいています。だから、町と物語が深く結びついていて、トネール以外の場所ではこの映画は出来なかったと思います。
――監督のおじい様がトネールに住んでおられたと伺いましたが、やはり監督ご自身、思い入れがある町なのでしょうか?映画のタイトルにもされていますが(注:原題は「Tonnerre」)。
GB:祖父が住んでいたので、トネールには幼い頃から馴染みがありました。残念ながら祖父は本作の撮影前に亡くなってしまったのですが。脚本を書くためにドライブにも来ましたね。いろいろな出会いを経験したり、映画について考えたり、そこでロマンチックになったり、落ち込んだり・・・と私の考えがトネールで蓄積されていったと言ってもいいくらい、思い入れのある町です。
――本作のテーマの一つがマクシムと父親の和解ですが、この設定は監督と監督のお父様の関係が投影されているのでしょうか?先ほど監督は自分自身と関わりがないと映画がつくれないとおっしゃっていましたが。
GB:自分に関係がないものは描けないというのは、道具や場所のことです。映画はあくまでもフィクションです。私には女の子を◯◯したり(※ネタバレになるので伏字)、拳銃を使ったりした、恐ろしい経験はありませんよ(笑)。映画に登場する父親は、優しくて楽しい存在です。これは私の妄想というか幻想というか・・・、この父親像は私が得たかった父親像なのかもしれません。マクシムと父親の関係は、父親の過去のことで互いにわだかまりを抱えています。でも結果的にマクシムが父親と似たような過ちを犯すことで、マクシムは父親を理解できるようになるんです。その点は私と父の関係を若干反映しているかもしれませんが、他の点は違います。
――もう一つのテーマは、加齢への恐れ、若さへの憧れや執着です。日本でもアンチエイジングが流行るなど、加齢をネガティブに捉えがちです。監督は若さや老いることに対してどう思われますか?
GB:アンチエイジングは日本だけではなく、全世界共通の流行だと思います。マクシムのように人生に成功しておらず、孤独に生きる人間にとって老いはつらいことでしょうね。彼は加齢を強く感じ、苦悩しています。だから若い女性に執着するのは自然なことかもしれません。マクシムは自分の人生、果たしてこれでいいのかと疑問を持っていた時期だったので、メロディが消えて、自分の心にぽっかりと空洞ができてしまい、彼女を連れ戻して我がものにすることが必要不可欠な問題だったんです。私も以前は人生に対してまだ何も成し得ていないのに、歳をとることに恐怖感がありました。でも今はこうして映画も撮れて幸せなので、老いに対しても怖いと思うことはなくなりましたけどね。
(後記)
ブラック監督は真摯にこちらの質問に答えてくれたが、その最中にお茶にどばどばっと砂糖を入れて「どんな味になるのか試してみたかったんだ」とお茶目な一面も見せてくれた(でもおいしくなかったと思う・・・)。
監督は本作で、若さが失われても人生の目的があれば、人生を充実させられるというメッセージを、マクシムを反面教師として伝えたかったのだろう。マクシムは漠然と歳をとってしまうことに恐怖を感じていたが、それは自分にも似たような不安はある。だからマクシムの行動は決して許されることではないが、一方で彼の焦燥も分からなくはない。もしかしたら共感度が高いのは『女っ気なし』よりも本作かもしれない。特に、マクシムと同世代であるアラフォー世代には心に響くことだろう。また、インタビューでも触れているが、舞台のトネールが息づいていて魅力的だ。かといって観光映画になっているわけではなく、そのバランスが絶妙である。監督の町への愛着を感じさせられた。
▼プロフィール▼
ギヨーム・ブラック Guillaume Brac
1977年5月11日 生まれ。配給や製作の研修生として映画にかかわった後、FEMIS(フランス国立映画学校)に入学。専攻は監督科ではなく製作科だが、在学中に短篇を監督している。2008年、僅かな資金、少人数で映画を撮るため、友人と製作会社「アネ・ゼロ」(Année Zéro)を設立。この会社で『遭難者』『女っ気なし』を製作。2013年、長篇第一作『やさしい人』が、第66回ロカルノ国際映画祭コンペティション部門に出品される。
▼作品情報▼
監督:ギヨーム・ブラック
出演:ヴァンサン・マケーニュ、ソレーヌ・リゴ、ベルナール・メネズ
2013年/フランス/カラー/100分/フランス語/DCP/1:1.85/5.1ch
原題:TONNERRE
配給:エタンチェ
公式サイト:http://tonnerre-movie.com/
© 2013 RECTANGLE PRODUCTIONS – WILD BUNCH – FRANCE 3 CINEMA
2014年10月25日(土)よりユーロスペースほかにて公開、全国順次ロードショー