グレート・ビューティー/追憶のローマ

ラファエロの恋人「ラ・フォルナリーナ」【映画の中のアート #7】

今回は、第86回アカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞したイタリアの映画をご紹介します。『グレート・ビューティー/追憶のローマ』と言うタイトルにふさわしい作品が出てくるのではないか? と期待して早速観に行ってきました。

若い時に著したデビュー作がベストセラーになり、その後1冊も書くことなく悠々自適に印税生活を送るジェップ(トニ・セルヴィッロ)。付き合った女は数知れず、パーティーに出ては乱痴気騒ぎ、「俗物の王」としての生活を謳歌していたが、気づけば65歳の独り身。そんなとき、初恋の女性の突然の訃報が舞い込み、ジェップの心を揺り動かすのだった。

が、ここで主人公が劇的な変化を遂げていくのかと思うと裏切られる。むしろ自分の生き方を貫こうとしていると思えてくる。「65歳を迎えて数日後、確固たる事実を発見した。もはや望まぬ行為に費やす時間はないのだ」と言うセリフが心に残る。日本であれば定年を迎え第一線を退く年齢だが、ハ!何のジョーダンだ? と一笑に付されそうだ。

しかしこのイタリア男のバイタリティーはちょっと日本男性も見習った方がいいと正直思う。まず主人公の服の着こなしがすこぶるカッコいい。劇中「イタリアはピザとファッションの国」と揶揄するセリフもあるが、それだけでいいじゃないかと思ってしまうほどの説得力がある。トニ・セルヴィッロは長身でもないし美男でもないし薄毛であるが、ファッションと言うのはそういうのを関係なくするものなのだなとつくづく実感。女にモテると言うのはこういうことだ! みたいな。

そんなジェップが友人の娘(40歳のストリッパー)とパーティーを抜け出し、秘密の場所へと誘うのだが、そこはなんと深夜の美術館や博物館。ある男に頼んで鍵を開けてもらえば、ジェップは誰ひとりいない美術館を心行くまで堪能できる。つまりそういうコネクションを持っているというわけだ。何と言う贅沢。暗闇に映し出される、様々な美術品の数々の中に、ジェップがじっくりと鑑賞する絵画がある。半裸の女性肖像画。これが、国立古典絵画館(バルベリーニ宮)にあるラファエロの「ラ・フォルナリーナ」(1518/19)です。

ラ・フォルナリーナ

ラファエロ・サンティ(1483-1520)は、レオナルド、ミケランジェロと並び称されるルネサンス期を代表する芸術家。故郷のウルヴィーノからペルージャ、フィレツェへと渡り聖母子の画家として人気を博し、25歳の若さでヴァチカンに招聘され「教皇の画家」となります。穏やかな性格で容貌にも恵まれていたという彼は、教皇ほかパトロン達に贔屓にされ、工房には多くの弟子が集い、「美しい女性を描くためにはたくさんの女性を見なければならない」と言ったとか言わないとか、まあ女性にモテてモテて仕方なかったそうです。そんな青年を突如襲ったのが熱病。結局、37歳と言う若さでこの世を去ります。「ラ・フォルナリーナ」は没後に未完の状態で見つかり、弟子の手によって完成させられたと言われていますが、ラファエロ作品群の中ではかなり特異な部類でしょう。おそらく、自分のために描いたと思われるプライベートな作品。モデルは、当時同棲していたパン屋の娘マルガリータではないかと言われています(フォルナリーナは「パン屋の娘」の意)。ピッティ美術館所蔵の「ラ・ヴェラータ(ベールをかぶる女)」のモデルと同じ人物と言う説もありますが、胸を露わにするポーズは娼婦を描いた絵画によく見られるもので、実際には彼女は娼婦だったのかもしれません。左腕には「ウルヴィーノのラファエロ」と書かれた腕輪。ターバンには人妻を表す真珠の髪飾り。2000年に行われた修復では、左手薬指には赤い指輪が描かれたことも発見されました。公式には生涯独身だったラファエロですが、実は彼女と密かに結婚していたのかもしれません。この絵が描かれたのは、彼が亡くなる1~2年前とされています。

聖母子画やヴァチカンの仕事を数多く手掛ける傍ら、愛する女性を写し取ろうとしたラファエロ。聖と俗を行き来しながら、ラファエロもまた自らの幸福を追求しようとした生身の人間だったのだと思えます。

この背景を知ると、ジェップがこの絵画をじっと見入ると言うのは、とても意味深ではないでしょうか。才能に秀で若くして成功し数々の女と浮名を流しているのは共通していますが、かたや生涯の女性を見出し芸術に昇華させた画家、一方は初恋の女性の死に惑いながらも他の女とのデートでこの絵を観ている、処女作から何も書けないでいる作家。聖も俗も、生も死も、美も醜悪も、古きも新しきも併せ持つローマに生きた二人の男が、500年の時を超えて重なり合う瞬間。まさに、ローマでなければ描けないシーンでしょう。

観終わって感じるのは、本作の主人公はジェップではなくローマではないかということ。大いなる美が集うローマでは、人間はなんとちっぽけな存在なのでしょう。ローマでなければ味わえないものに魅せられた人間の喜びと哀愁をのせて、テヴェレ川の水は今日も流れていくのです。

▼作品情報▼
『グレート・ビューティー/追憶のローマ』
監督:パオロ・ソレンティーノ
出演:トニ・セルヴィッロ、カルロ・ヴェルドーネ、サブリナ・フェリッリ
2013年/イタリア・フランス/141分
公式サイト:http://greatbeauty-movie.com/

▼絵画▼
ラファエロ・サンティ「ラ・フォルナリーナ」(1518/19頃)
国立古典絵画館/ローマ、イタリア
La Fornarina Raffaello Sanzio
http://galleriabarberini.beniculturali.it/index.php?it/97/raffaello-la-fornarina

ラファエロ・サンティ「ラ・ヴェラータ」(1516)
ピッティ美術館/フィレンツェ、イタリア
La Donna Velata  Raffaello Sanzio
http://www.wga.hu/html_m/r/raphael/5roma/3/03velata.html

▼参考文献▼
「ラファエロ」クリストフ・テーネス TASCHEN
「ラファエロ」ブルーノ・サンティ 石原宏訳 東京書籍

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