ローマ環状線、めぐりゆく人生たち
鉄道や自動車に乗り、外の風景を眺めていて、ふとここにはどんな人たちが住んでいて、どんな暮らしをしているのだろうと想像したくなることがある。この作品は、ある意味そんな願いを叶えてくれている。ローマの街をぐるりと取り囲んでいるローマ環状線、そこに住む雑多な人々の暮らし。路上生活者から没落貴族まで。自動車で通り過ぎるだけでは、とても気がつかない人々の日々の営み。それを記録する行為は、あたかも、冒頭に登場する植物学者が椰子の木にいる虫の音を聴くために、木にドリルで穴をあけ、ヘッドフォンで耳を傾ける繊細な作業に似ている。
この作品の不思議さは、ドキュメンタリーでありながら、まるでシナリオでも存在するかのように登場人物たちがしゃべり続け、そこにそれぞれ偶然とは思えないような興味深い瞬間が映しだされるところである。ゲイの路上生活者が子守唄をいつも口ずさんでいるその不思議。ウナギ漁師が、ウナギ政策に関する行政の無知について、まったく会話に反応しないウクライナ移民の妻にぐちり続ける虚しさ。没落貴族が電話に出ると、テレビドラマの撮影隊が邸宅を貸してほしいという連絡が入り契約が成立するのだが、役者たちがスチール写真を撮られるばかりで、素人である本作の登場人物たちと違い生きて動いていないという逆転の面白さ。水害で避難してきた共同住宅に仮住まいの住人達が別々の部屋で、揃って住宅の前にある家が空き屋かどうかを議論しているその偶然など。それぞれが明確に人生の物語を語っている。
作品の形としては、ジュリアン・デュビビエ監督『パリの空の下セーヌは流れる』、あるいは、セドリック・クラピッシュ監督『PARIS(パリ)』に似ている。小さな話の断片を小出しにしながらストーリーを紡いでいき、街を語るという手法だ。シナリオがしっかり組み立てられていなければ、全体としての統一感に欠け、ぼやけたものになってしまうものなのだが、本作はドキュメンタリーであるので、シナリオがあるはずもない。さらにはジャンフランコ・ロージ監督は、一切登場人物たちに演出もつけていない。それでもテーマがぼやけないのは、相当の期間をかけて対象人物との信頼関係を築き、それから初めてキャメラを廻すからなのだという。とはいえ、相手のことをよほど分かってなければ、作品のために必然的に出てきたかのような偶然を掴めるはずもなく、それは監督が優れた人間観察の目を持っているからに違いない。
それぞれのエピソードに共通するのは、環状線をひっきりなしに行き交う大量の自動車と、刻々と色を変えるローマの空である。登場人物たちの背景には常にそれらが見えていて、作品に統一感をもたらし、また余韻を残す。世の中は忙しく動き続け、時は刻々と過ぎていく。けれどもローマの同じ空の下、彼らの人生はこれからも変わらず続いていき、また誰もがいつかは環状線のすぐ傍にある墓場に入っていく。けれども、ちっぽけな彼らひとりひとり、その存在こそがまさにローマを形作っているのである。
▼作品情報▼
原題:Sacro GRA
監督: ジャンフランコ・ロージ
原案: ニコロ・バッセッティ
撮影:ジャンフランコ・ロージ
編集: ヤーコポ・クアドリ
製作:2013年/イタリア/93分
受賞:第70回 ベネチア国際映画祭(2013)金獅子賞
配給:シンカ
(C)DocLab
公式ページ:http://www.roma-movie.com/
※8月16日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー!