複製された男
観終わった瞬間、おそらくすべての人がこのラストに茫然とし、取り残されてしまうだろう。月並みな言い方だが、本作は、観た人の数だけ解釈があり、さまざまな映画を想起させる類の映画だ。
※以下、物語の顛末に触れる部分がありますのでご注意ください
そもそも自分の分身が登場する、もしくは自分がコピー人間だったというネタは特段珍しくないし、多くの場合焦点は「何故分身がいるのか」であり、そこにドラマチックな理由がある。しかし、本作ではそれはさほど問題ではないようだ。なぜなら分身がいる理由は最後まで明らかにならないし、出生の秘密や秘密組織の策略、異星人の陰謀が付け入るスキもないからだ。
原作はポルトガルのノーベル賞作家、ジョゼ・サラマーゴ。サラマーゴと言えば「白の闇」がフェルナンド・メイレレス監督によって映画化された『ブラインドネス』(08)は私の中にいまだ強烈な印象を残している。感染症の発生により次々と人々が失明していく「全世界失明」の社会を、ただ一人目が見えている女(ジュリアン・ムーア)の目を通して描いているのだが、何よりもショッキングなのは、光を失うということだけで簡単に崩れてしまう人間の良心や尊厳、文化的文明的な社会から転落し極限状態に陥ってしまうこの世界の在り様だ。この場合、感染症の発生に何故と問うことは意味がなく、ただ人間の脆弱さを明らかにする一つの仕掛け、装置として存在する。
では『複製された男』はどうだろうか? 私は、分身との遭遇は、「白の闇」の「失明」と同様、仕掛けに過ぎないと思っている。ひとりの男の性質をむき出しにするための仕掛けだということだ。大学で歴史を教えるアダム(ジェイク・ギレンホール)は、毎日繰り返される単調な授業や恋人との体だけの関係といったルーティンに流され、惰性的に生きている。そんな中、勧められて偶然(ではないかもしれないが、)観たDVDの中で見出したのは、端役で登場している自分そっくりの顔の役者だ。その男、アンソニー(ジェイク・ギレンホール)は、高級マンションに住んではいるが仕事はヒマらしく、身重の妻がいながら浮気もしているようで、妙な会合にも出入りしている。現状にどこか満足できずフワフワと生きている彼らだが、分身の存在に刺激と不快感(=毒)を味わい、同時に互いの生活に興味が湧く。当然ながら、それは相手の恋人(妻)へも……。
つまり、「もう一人の自分がいたとしたら」それを利用してやろうと言う心理が働き、結局この場合は相手の恋人と関係を結んでしまおうという、単に彼らの本性が出たというところなのではないだろうか。でも、女の方もバカではない、そうそう騙されないよというのがそれぞれの顛末になっている。分身との遭遇は非常にスリリングではあるが、結局はそういうオチなのではないか? と言うのが自分なりの解釈だ。
とはいえ、アンソニーが出入りする怪しげなクラブ、意味深に登場するブルーベリー、そして何度も挿入される蜘蛛のイメージといった数々の符号は、我々の想像力を最後まで掻き立てる。『灼熱の魂』でドゥニ・ヴィルヌーヴ監督に触れた人ならばなおさら、張り巡らされて伏線がサクッと回収されるだろうと思ってしまう(それも罠だ)。ともあれ、このラストをどう感じるか、観た後に話し合いたい一本であることに間違いはない。
▼作品情報▼
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
原作:ジョゼ・サラマーゴ
出演:ジェイク・ギレンホール、メラニー・ロラン、サラ・ガドン、イザベラ・ロッセリーニ
2013年/カナダ・スペイン/90分
http://fukusei-movie.com/
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7月18日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほかロードショー
2014年7月22日
複製された男/それは罠かもしれないが、いったい何の罠なのだ
複製された男Enemy/監督:ドゥニ・ビルヌーブ/2013年/カナダ・スペイン 何が何だか…わからない… TOHOシネマズシャンテ、E-9で鑑賞。ドゥニ・ビルヌーブ&ジェイク・ギレンホールは、「プリズナーズ」がとても面白かったので、気になって、見に行きました。事前情報はポスターのみです。もちろん原作も読んでいません。 あらすじ:自分とそっくりな人を見つけました。 大学で歴史を教えているアダム(ジェイク・ギレンホール)は、同僚に薦められて借りた映画に自分とそっくりな俳優が出ているのを見つけます。 ※ネ…