『私の男』熊切和嘉監督インタビュー:「原作を読んで信じきれた」モラルを超えた父娘の関係
2008年直木賞受賞のベストセラー小説「私の男」が『海炭市叙景』『夏の終り』などで高い評価を受けてきた熊切和嘉監督の手で映画化された。
10歳で孤児になった少女と、彼女を引き取る遠縁だという男の二人が足を踏み入れる禁忌を描いたスキャンダラスなストーリー。重要な舞台となる北の果ての流氷の景色や、社会と相見えることができない父と娘を体現できるキャスティングなど、素人目にも映像化には越えるべきハードルが多いこの小説に熊切監督は挑み、観る者の五感に訴えかける作品に仕上げている。
撮影現場やキャストのエピソードなどについて、熊切監督に語っていただいた。
‐‐原作を読んですぐ「撮ろう」と思ったそうですね。
監督:自分が北海道出身だということもあるのですが、北の果てで二人きりという感覚がすごく分かったので、二人寄り添っている感じを描きたいなと思いました。流氷のシーンとか、映像化が困難だろうなという細かなことはまず置いておいて(笑)。
‐‐腐野淳悟(浅野忠信)と腐野花(二階堂ふみ)というキャラクターは、世間一般ではとても特異に見えますが、二人の関係性を映像を通して見せるのは難しかったのでは?
監督:(人物像は)原作にしっかり描かれていますし、それを読んで信じきれました。僕としてはなんとなく、“花は一度海に落ちて死んだ子”という捉え方をしていて。全てを失って、絶望して、その中で淳悟と出会って…ということならばよく分かるというか、つかめたんですね。社会的な常識から見れば愛情を履き違えていると思われそうですが、花にとってはそっちが真実なんだという共感は出来たんです。役柄については浅野さん、二階堂さん、二人とも考えて役を作るというよりは、感覚的につかんでいる感じでしたね。
‐‐最近の浅野忠信さんは、ハリウッドのアクション映画であったり、邦画でもちょっとコミカルなキャラクターでお見かけすることが多かったので、今作の静かな中にも狂気を秘めたお芝居の迫力に圧倒されました。浅野さんについて、監督は「僕たちの世代にとっては特別な存在」だったそうですが、今回の撮影を経て、その想いはやはり変わりませんか?
監督:そうですね。特別な…やっぱり、“浅野忠信”ですよ(笑)。僕は本当に昔から、生々しすぎてヤバイ感じの浅野さんがものすごく好きだったんです。今回、あるお葬式のシーンで、バックで町の人々が故人の噂話をしてるところで映る浅野さんの様子がすごく良くて。ただ、その噂話をする役をやったのが地元の素人の方々だったので上手くいかず、その声だけ後で録ることになったんです。それで浅野さんに「あの話し声が聞こえなくなるんですけど大丈夫ですか?」って聞いたら、「えっ?何か喋ってたの?」って。噂話の声を聞いてあんな顔してるんだと思ったんですけど、実は全然聞こえてなかった(笑)。
‐‐外の世界がまったく入っていないところが淳悟っぽいですね(笑)。
監督:まさに淳悟でしたね。色んなところが。カメラが回っていないところでも、自分からは発しないというか、常にどこかに一人でいて、タバコを吸って、コーラを飲んで、誘われなきゃこっちに来ないような感じでしたね。徹底して。それは無理にそうしようとしているわけではなく淳悟であったと思います。
‐‐二階堂ふみさんには別作品のオーディションで初めてお会いになったとき、「花がいる」と思われたそうですね。
監督:『私の男』も水面下で動き始めていた頃で。学校帰りだったのか彼女は制服でオーディションに来ていて、部屋に入ってきた瞬間にイメージした花がいたんです。しかもその時、あんまり機嫌も良い感じではなかったんですよ(笑)。それがすごく魅力的で、ちょっと生意気そうな感じも良くて。なので、プロデューサーと最初にどんな子がいいかという話をしたときに、「この前オーディションに来ていた二階堂ふみっていう子がすごく良くて…」という話はしていたんです。
‐‐子役から二階堂さんにバトンタッチした最初の登場シーンは13歳の花が淳悟の恋人・小町と話す場面でしたが、小町と年齢の近い自分は「なんて気持ちの悪い子なんだろう」とぞっとしました(笑)。
監督:おちょくる…と言っては何ですが(笑)、「小町さんって美人だよね~」っていうあのシーンは撮っていても面白くってしょうがなかったですね。ゾクゾクしました(笑)。
‐‐今回お仕事をされてみて、二階堂さんはどんな女優さんだと感じられましたか?
監督:個人的には、ほんとに今までで一番波長の合う女優さんというか。映画のために何でもやってくれるんです(笑)。本当に映画が好きなんだと思います。映画的に「こうしたい」ってことがすごく伝わる。例えば、ト書きに“こういう体勢で”などと書かれていることを彼女はわりとちゃんとやってくれるんですけど、「自由に動いていいから何かもっとない?」と言ったりすると、すごく生きてくるんですよね。僕はやっぱり18歳の少女ではないので、僕が考えていたものより、二階堂さんが出してくる仕草の方が圧倒的にさり気なくて良いんです。“なるほど、その首の傾げ方は想像してなかったな”とか、そういう発見がありましたね。
‐‐実際に流氷の上で撮られたシーンが印象的ですが、撮影日数はどのくらいだったのですか?
監督:4日間ぐらいです。奇跡的にその間、流氷ががっつり接岸していて、しかも天気は曇り。流氷がやってくると、海からの水蒸気が上がらなくなるので晴天になることが多いのですが、あの期間はいい塩梅に曇ったんです。
‐‐流氷とどんよりとした天気。ちょうど映画の世界観にぴったりですね。会心の映像なのではないでしょうか。
監督:そうですね。あんな風に撮れるとは思ってなかったです。本当にこう、“絶望的な場所に来たな”という画は撮れたと思います。逆に雪が結構降っていたので大変でしたね。雪が積もると、流氷と流氷の隙間が見えなくなって、ただの雪原になっちゃうんです。毎回、みんなでホウキで雪をかいていました。それに、氷と氷の隙間もシャーベットになってくるので、海の黒い感じが出なくなるんですよ。それを隙間の海が見えるようにバケツでかいて。もう、肉体労働でしたね、ワンカットごとに(笑)。
‐‐やはり濃密な男女の関係性を取り上げた前作の『夏の終り』を、瀬戸内寂聴さんの原作よりも性描写もかなりあっさり、抑制された映像美で描かれていたので今回はどうされるのかと興味があったのですが、予想以上に濃い味付けでこられたなと思いました。
監督:『夏の終り』の時も、もちろん原作に惹かれて映画化に取り掛かったのですが、これをドロドロやってしまうと、昼メロっぽくなったらイヤだなという思いがすごく自分の中にあったんです。なので、敢えてシャープな映画にしたいと思って作った部分があるんですよね。それで常に反動もあるんですけど、撮影の近藤(龍人)君とは、『夏の終り』はカッチリ様式美でじわーっと雰囲気が出るような方向性でいったので、『私の男』はもっと全体的に荒っぽいというか、60~70年代の映画のようなガレージ感を出したいと話していました。それに、より性の部分をちゃんと描かなければいけない作品だとも思っていました。
‐‐もちろん全く別の物語ではあるのですが、『海炭市叙景』から色々と模索をされて、『私の男』が今の段階での熊切監督の集大成であるような感覚で拝見しました。
監督:最近は同じチームでやってきて、『海炭市叙景』の頃からつながっている人たちなので。『海炭市~』を撮った後から既に『私の男』の企画が動いていて、ずっとみんなにその話もしていたので、「いよいよだ!」という感じで皆さん集まってくれた雰囲気はありました。
‐‐熊切監督が思う『私の男』の見どころについて、読者に一言お願いいたします。
監督:この前の取材で記者の方からも言われたのですが、「右脳で観てほしい映画」ですね。音の設計であったり、画も含めて“体感”してほしい。ですので、ぜひ劇場でご覧になっていただきたいと思います。
Profile
1974 年9月1日、北海道生まれ。97年、大阪芸術大学の卒業制作『鬼畜大宴会』が第20回ぴあフィルムフェスティバルで準グランプリを受賞。ベルリン国際映画祭パノラマ部門ほか数多くの国際映画祭に招待され、タオルミナ国際映画祭グランプリに輝き、一躍注目を浴びる。PFFスカラシップ作品として制作した『空の穴』(01)はベルリン国際映画祭ヤングフォーラム部門に出品、ロッテルダム国際映画祭で国際批評家連盟賞スペシャルメンションを授与された。その後も『アンテナ』(04)を始め、『揮発性の女』(04)、『青春☆金属バット』(06)、『フリージア』(06)と、次々に意欲的な作品を発表し続け、国内外で注目を集める。『ノン子36歳(家事手伝い)』(08)は、雑誌『映画芸術』の「2008年度日本映画ベストワン」に選出され、続く『海炭市叙景』(10)はシネマニラ国際映画祭でグランプリと最優秀俳優賞をダブル受賞。 近年の主な監督作品に、『莫逆家族 バクギャクファミーリア』(12)、『夏の終り』(12)がある。
▼作品情報▼
天災で家族を失った10歳の花は、遠縁だという男・腐野淳悟に引き取られる。全てを失った花と、家族の愛を知らず生きてきた淳悟。孤独な2人は、紋別の田舎町で、寄り添うように生活を送っていたが……。
監督:熊切和嘉
原作:桜庭一樹「私の男」(文春文庫刊)
脚本:宇治田隆史
音楽:ジム・オルーク
撮影:近藤龍人(JSC)
出演:浅野忠信、二階堂ふみ/モロ師岡、河井青葉、山田望叶/高良健吾、藤 竜也
制作・配給:日活
2013年/日本/129分
(c)2014「私の男」製作委員会
6月14日(土)より新宿ピカデリーほか全国公開
2015年9月6日
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