罪の手ざわり

一見短絡的な暴力の描写が問うもの

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 25日に閉幕した第67回カンヌ国際映画祭の審査員団のなかで、常に穏やかな笑みをたたえていたひときわ小柄な男性、ジャ・ジャンクー。彼は今、海外で最も評価の高い中国人監督だろう。
 
 5月31日(土)から公開される新作『罪の手ざわり』は、『長江哀歌(エレジー)』以来7年ぶりとなるジャ監督の長編劇映画だ。

 村の共有財産である炭鉱の利益を独占する実力者に不満を持つ男。妻子に出稼ぎだと嘘をつき、全国を転々としながら強盗殺人を繰り返す男。買春客からセクハラを受ける30代のサウナの受付嬢。広東の台湾系工場に勤める若い労働者――彼らが触れてしまった“罪”とは? 実際に起きた4つの事件をもとに、中国社会に巣食う暴力の形を描く。ドキュメンタリータッチの淡々とした作風が多かった従来のジャ監督の作品と比べ、ケレン味の効いた演出でエンターテインメント色の強い作品に仕上がった。

 本作は昨年のカンヌで脚本賞を受賞。その他、世界各所の映画祭や、既に公開済みの海外市場で非常に高い評価を得ている。おりしも、また新疆ウイグル自治区・ウルムチで爆発事件が起きたばかり。「中国の暴力事件」というあまりにもタイムリーなテーマを鮮烈な映像と確かな構成力で見せるジャ監督の力量に、海外での好評も頷ける。一方、中国本国では、頻発する暴力事件の助長に繋がることを当局が懸念してか、劇場公開はまだ決まっていない。

sub05 そもそも、国際的な名声とは裏腹に、ジャ監督の作品は中国国内で興行的に苦戦している。ジャ・ジャンクーの名前はよく知っているが、映画は観たことがないという人がほとんど。長編デビュー作『一瞬の夢』(98)からブレずに庶民の姿をフレームに収めてきたジャ監督だが、そのリアルな世界を中国の観客が敢えて劇場で見たいかといえば、確かに疑問だ。今回の『罪の手ざわり』もしかり。元になった4つの事件は“中国人なら誰でも知っている”というからなおさらだ。

 言論の自由が抑圧されている中国では、社会問題の数々を人々が大っぴらに集まって語り合うことが難しい。ジャ監督も活用している中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」など、急速に普及したSNSがそのプラットホームの役割を担っていると言えるだろう。監督は現実世界で起こった事件をあえてそのまま突きつけることで、人々が語り始めることを望んでいるのではないか。そこには、ドキュメンタリーとフィクションを行き来してきたジャ監督ならではの、映画という媒体の位置づけと、映画が持つ力への信頼を感じる。

 『罪の手ざわり』には4つの事件が盛り込まれるゆえ、中国事情に詳しい人であるほど、各エピソードが表面的な描写に終始していると感じるかもしれない。実際、いずれの事件も、暴力の瞬間は一見すると短絡的に、唐突に現れる。ただ、こうも思う。そのあっけないほどの衝動が暴力のリアルなのだ。ジャ監督は“形式”として事象を観客に提示してみせるが、余計なストーリーや動機についての深い考察は加えない。結局、最後に映し出される事象を受け取り、考察するのは私たち観客なのだ。

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▼作品情報▼
原題:天注定 英題:A Touch Of Sin
監督・脚本:ジャ・ジャンクー(賈樟柯)
プロデューサー:市山尚三
出演:チャオ・タオ(趙涛)、チァン・ウー(姜武)、ワン・バオチャン(王宝強)、ルオ・ランシャン(羅藍山)ほか
配給:ビターズ・エンド、オフィス北野
2013年/中国=日本/129分
(c) 2013 BANDAI VISUAL, BITTERS END, OFFICE KITANO

5月31日(土)より Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開

オフィシャルサイト http://www.bitters.co.jp/tumi/

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