ワレサ 連帯の男

“レジェンド・ワイダ”が見つめる、声を上げることの大切さ

Walesa_main ソチ五輪でのスキージャンプの葛西紀明選手の活躍もあり、「レジェンド」という言葉が今年の流行語大賞の候補に挙がりそうな気配だが、映画界での「レジェンド」を探すのであれば、この人は間違いなくそう呼ばれるのに相応しい。アンジェイ・ワイダ、御年88。半世紀以上にわたり母国ポーランドの歴史を見つめ、意欲的な作品を撮り続け、カンヌのパルムドールをはじめ数多くの受賞歴を誇る世界的巨匠だ。その彼の新作は、独立自主管理労組「連帯」の初代委員長として民主化を指導し、1989年の東欧革命の立役者の一人とも言えるレフ・ワレサの物語だ。

ワレサは間違いなく20世紀を代表する偉人にして、恐らく戦後で最も有名なポーランド人だろう。そんな彼の人生の映画化を実現するのに最適な監督は誰かと考えれば、ワイダしかあり得ない。ワイダ本人も「(ワレサの映画を)作る義務がある」と発言をしている。20世紀の激動の時代の生き字引的な存在であり、実際にワレサと交流もあった彼こそ監督に相応しいことに誰も異存はないはずだ。

ただワイダはワレサを英雄視していないところが面白い。それは、かつて蜜月であった二人が連帯の内部対立で決別したことも影響しているのだろう。かと言って怨念がましくもない。ワレサが台頭した頃のワイダも『大理石の男』(76)や『鉄の男』(81)などを発表し、映画監督として充実していた時期でもあった。また1981年の戒厳令ではワレサは軟禁、ワイダはポーランド映画協会会長の座を追われるなど辛酸をなめた時期も重なっている。そのためワレサの活躍を通して、ワイダ自身が過去を述懐しているような趣もあり、少々感傷的な気分にとらわれた。

本作の主な舞台は、グダンスク・レーニン造船所。ここは過去の『男』シリーズにも登場する場所だ。ワイダの過去作品を見ている人からすれば、その連続性を嬉しく思うことだろう。でも過去作品を見ていないと楽しめないのかと言われれば、さにあらず。ワレサをよく知らないという人でも大丈夫。交渉の駆け引きや、大規模な集会での圧巻の演説など政治エンターテインメントとして見せ場が多数あり、ワイダ・ビギナーでも問題なく楽しめる(過去作品が未見だからという理由で敬遠するのは非常にもったいない)。1970年から89年までの民主化に向かう約20年のダイナミックな流れを、実際のニュース映像を組み合わせたり、大音量のロックに乗せてテンポよく見せる。前々作『カティンの森』(07)は鎮魂がテーマだったが、本作はエネルギッシュで生命力に満ちている。

Walesa_sub 緊迫する交渉の場面で印象深いのは、ワレサは実をとるために自分の理念を譲歩し、妥協する勇気も必要であることを理解していたことだ。信念や体面に固執するあまり、周囲と摩擦を深める国の指導者が多いことを思うと、ワレサの手腕に学ぶべき点が多々ある。また、ここ最近の国内外で、市民が声を上げてなくては為政者の意のままにされるような危機感を覚える出来事が多発している。ワレサも最初はごく平凡な電気工に過ぎなかったが、「おかしい」と声を上げることから始まった。ワイダは過去を通して、今を見つめている。米寿を迎えてもなお、「レジェンド」の時代を読む目は衰えることはない。

ポーランドはワレサが頭角を現し、ソ連の統制下を離れて民主化を成し遂げるまで20年の歳月を要した。現在のシリアなど中東やウクライナの混乱も憂慮されるが、自由を勝ち得るには粘りも必要であることを、ワイダは伝えたいのだろう。そして何より声を上げ続けることの大切さも。

▼作品情報▼
監督:アンジェイ・ワイダ
脚本:ヤヌシュ・グウォヴァツキ
出演:ロベルト・ヴィェンツキェヴィチ、アグニェシュカ・グロホフスカ ほか
原題:Wałęsa. Człowiek z nadziei
2013年/ポーランド映画/ポーランド語・イタリア語/シネマスコープ/デジタル5.1ch/127分
提供:ニューセレクト/NHKエンタープライズ 配給:アルバトロス・フィルム
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公式サイト:http://walesa-movie.com/main.html
4月5日(土)より岩波ホールほか、全国順次ロードショー

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