【第9回大阪アジアン映画祭】台湾で大ヒットを記録した空撮ドキュメンタリー『上から見る台湾』、齊柏林(チー・ポーリン)監督インタビュー

Director ChiPolin 
※『天空からの招待状』のタイトルで2014年12月20日(土)よりシネマート新宿・六本木・心斎橋ほか全国順次公開。

昨年11月1日に台湾で封切られ、ドキュメンタリー映画としては異例の大ヒットを記録した『上から見る台湾』(原題「看見台湾」)が第9回大阪アジアン映画祭で上映された。台湾のドキュメンタリー映画史上最高の製作費3億3,500万円を投入し、全編空撮といういまだかつてない手法を用いた本作は、空中から見つめた台湾の美しい自然とともに、環境破壊の実態も浮き彫りにし、観客に衝撃を与えた。
台湾を訪れたことがある人はもちろん、そうでない日本人にとっても、台湾という決して大きくない島の中に息づく雄大な自然と、人の手による痛々しい傷跡とのギャップに驚かされることだろう。
同映画祭での上映にあわせて本作の齊柏林(チー・ポーリン)監督が来日。空中写真家として台湾の様々な姿を記録してきたという異色の経歴を持つ監督に、本作を製作するに至った経緯、予想外の大ヒットがもたらした影響など、お話をうかがった。


―『上から見る台湾』製作のきっかけを教えてください。

齊監督(以下、齊):それは空中写真家として仕事をしていた私のキャリアと関係があります。私は空から、自分たちが暮らす土地の美しさとともに、自然災害や人間による開発の犠牲でできた傷跡を見てきました。台湾の人々は「自分たちの故郷は美しい」と言います。ですが、私は美しくない側面も見てきたので、皆にもそれに気づき、環境破壊を止めるためのアクションを起こしてもらいたいと思ったのがこの映画を作るきっかけでした。カメラマンとして、これまで写真集を出したり、展覧会を開いたりしてきましたが、それだけで人々の関心を引くことは難しい。ドキュメンタリー映画にすれば、より多くの人に見てもらうことができると考えました。

―製作総指揮として侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の名前がクレジットされていますが、侯監督が参加された経緯は?

:私は映画を撮った経験がないので、この映画を作ると決めた当初、まわりはあまり良い反応を示しませんでした。全編空撮となると莫大な資金も必要です。ちょうど資金繰りに悩んでいたとき、普段から環境問題に関心をお持ちだった侯監督を訪ねました。侯監督はこのプロジェクトを気に入ってくださり、過去になかったタイプの作品だと言ってさらにプロデューサーとしても手を貸してくれることになったんです。侯監督がプロデューサーを買って出てくれたことで周囲の信頼も得ることができ、映画作りを手伝ってくれる人が増えました。撮影を始めてしばらくたった時、その映像を侯監督に見せたところ、光のさし方が非常に重要だとアドバイスしてくれました。それ以降、飛行中も常に光に注意を払って撮影を行いました。映画が完成した後で改めて見直すと、アドバイスを受ける前と後では映像が違っていることが分かりました。

―個人的に、田植えをしている人たちの頭上を舐めるように滑っていくショットが印象に残っているのですが、あればズームで撮影されているのですか?

:そうです。実はすごく高いところから撮っています。台湾には規定があって、低空では飛べませんし、地表に悪影響を与えますから。ですので、あの農家の方々は自分たちが映っていることを全く知りません(笑)。

―以前から監督は空中撮影のお仕事をされていましたが、本作で使用された映像はすべてこの作品のために撮られたものなのですか?

:全て新しく撮ったものです。今日は特別な日ですよね(取材を行ったのは3月11日)。実は、この映画の撮影中にちょうど東日本大震災が起こったんです。あの日、私たちはフランスのテレビ局の撮影に協力することになっていたのですが、彼らは空港に降り立つなり、本社からの指示で急いで引き返してしまいました。台湾と日本は近いので、危険だと思ったんでしょうね。
震災の影響で、撮影用のテープも手に入らなくなりました。私たちはソニーのHDCAM-SRを使っていたのですが、台湾では手に入らないのでアメリカから買っていたんです。それが暫く買えなくなり、買えるようになったと思うと、震災前は1本100米ドルだったテープの価格が600米ドルに跳ね上がってしまい、コストがかさんでしまいました。

―ドキュメンタリー映画としては異例の大ヒットとなったわけですが、その要因は何だとお考えですか?

©Taiwan Aerial Imaging, Inc.

©Taiwan Aerial Imaging, Inc.

:この映画は、今年2月15日に劇場公開を終えるまで、3ヵ月半にわたり上映されました。当初の予測では、興行収入は800万台湾ドル(約2,670万円)程度、4,000~5,000人が観れば妥当だろうと考えていたのです。それが、ふたを開けてみたら最終的に興収は2億台湾ドル(約6億7,000万円)を突破。100万人以上がこの映画を鑑賞しました。
私の考えですが、これまで台湾の人は自分の生活圏内だけしか見ておらず、台湾という土地で何が起こっているのかあまり知らなかったのです。もちろん、空から俯瞰で見る機会もありませんから。だから、この映画が台湾の美しさを映し出し、同時に台湾が負った傷跡を映し出したとき、みんな驚きとともに感動も覚えたのだと思います。
評判は口コミやインターネットであっという間に広がり、ブームとなりました。それから、不思議な現象も起きたんです。企業が政府機関などが劇場を貸し切って、職員や関係者にこの映画を見せるという上映会が1,000回以上も開かれました。たとえば、本作の最大のスポンサー企業である台達電子(LED照明大手)は、環境保護の意識の高い会社です。映画を観て感動した董事長が、関係者や友人を2,000人も集めて上映会を開いたことがありました。その影響力は非常に大きかったですね。

―観客の反応で印象深かったものはありますか?

齊:劇場でもこれまでの台湾ではなかった現象が起きました。本編が終わった後、エンドロールの間誰も席を立たないんですよ!(台湾の映画館では、たいてい本編終了と同時にお客さんがさっさと帰ってしまう)そして明かりが点いてから拍手が起きていました。これは台湾では非常に珍しいことです。
私が思うに、台湾の人々は、“台湾を愛する理由”をひとつ見つけたのではないでしょうか。以前は自分たちの故郷がこんなにも美しいと知らなかった。そして、これほど破壊が進んでいることも知らなかったので、皆さん衝撃を受けたのだと思います。

―この映画のヒットを受けて、台湾の環境保護活動にプラスの影響はありましたか?

:映画が公開されてから、さまざまな議論とともに、政府に対して環境問題に真剣に向きあうことを求める声が高まりました。ゆっくりではありますが、政府も状況改善に動き始めています。行政院長(首相に相当)も内閣閣員を集めてこの映画の上映会を行い、その後、環境保護チームを立ち上げました。今すぐの改善は難しくとも、少なくとも政府にその意志を持たせたことは良かったと思っています。
以前から台湾は数多くの環境問題を抱えてきました。でも、その大部分は政府もなかなか着手ができなかったのです。例えば、山で野菜や茶葉を栽培している人にとっては、環境に悪影響を及ぼす行為があったとしても、それは生活を維持するためのものですから。しかし、危険が生じてからの対応では遅い。ですから、この映画は政府に状況改善に向けて環境問題を管理するための名義を与えたのだといえます。

―反対に、この映画がヒットしたことで不満を抱く企業などもあったのではないですか?

:ちょうど映画が上映されている時期に、半導体メーカーの日月光半導体K7工場が排水による水質汚染を理由に生産停止という重い処罰を受けました。台湾は非常に成熟した社会ですから、厳重な処罰を受けたからといって、映画監督や何かに対して不満を抱いたりする人はいません。この映画を通して、台湾の人々は非常に強い自己反省の能力を持っていると感じました。普通、自分の悪いところを取り出して見せることはしないでしょう?でも、この映画を観た人々は、環境破壊の原因を理解しようとし、政府に改善を呼びかけたのです。私は、この作品がとても大きな力を発揮したと思っています。

―続編のお考えは?

:90分あまりの上映時間で台湾の環境問題は語りきれません。続編になるかどうかは別として、空中からの記録は続けたいと思っています。空撮という方法は、普通のドキュメンタリー製作と異なり、ヘリコプターの費用など大きな予算が要るものです。ですので、資金調達についてはちょっと考える必要がありますね。
私は、衝突を生むことを望んではいません。皆さんに理性を持って環境問題に向きあってほしいのです。この映画は、一部の人々の生活や、先ほどお話した生産停止に追い込まれた企業などに影響を与えました。次の作品では悪い部分を見せたくないですね。みんなで私たちが暮らす環境をキレイにして、美しい台湾を撮影したいと思います。

Profile
1988年からプロの写真家として活動を開始。90年に政府機関の航空写真家となり、台湾国内の建設事業の工事過程を記録する。04年にジョニー・ウォーカーのKeep Walking Foundationのプロジェクトで最優秀賞を受け、翌05年にはORBIS基金の招聘で「フライング・アイ・ホスピタル」ミッションのスポークスマンに就任している。


▼作品情報▼
『上から見る台湾』
原題:看見台湾
監督・撮影:齊柏林(チー・ポーリン)
製作総指揮:侯孝賢(ホウ・シャオシェン『悲情城市』『戯夢人生』など)ほか
音楽:何國杰(リッキー・ホー 『セデック・バレ』など)
ナレーション:呉念真(ウー・ニエンジェン 『ヤンヤン 夏の想い出』など)
2013年/台湾/93分

公式Facebook https://www.facebook.com/Abovetai

第9回大阪アジアン映画祭 公式HP http://www.oaff.jp/2014/ja/index.html

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