あなたを抱きしめる日まで
【作品解説】
2009年に英国で出版された、実在するアイルランド人の主婦・フィロミナの物語 「The Lost Child of Philomena Lee」(マーティン・シックススミス著)が、数多くの人々の心を捉えた。俳優のスティーヴ・クーガン(マーティン役)もその一人だった。クーガンによって立ち上げられたこのプロジェクトに英国を代表する名女優ジュディ・デンチと『クィーン』のスティーヴン・フリアーズ監督が賛同。50年間に渡り息子を捜し続けた一人の母の想いを映画化するために英国映画界最高のチームが結成された。
【ストーリー】
その日、フィロミナは、50年間かくし続けてきた秘密を娘のジェーンに打ち明けた。それは1952年、アイルランド。10代で未婚のまま妊娠したフィロミナは家を追い出され、修道院に入れられる。そこでは同じ境遇の少女たちが、保護と引き換えにタダ働きさせられていた。フィロミナは男の子を出産、アンソニーと名付けるが、面会は1日1時間しか許されない。そして修道院は、3歳になったアンソニーを金銭と引き換えに養子に出してしまう。以来わが子のことを一瞬たりとも忘れたことのない母のために、ジェーンは元ジャーナリストのマーティンに話を持ちかける。愛する息子にひと目会いたいフィロミナと、その記事に再起をかけたマーティン、全く別の世界に住む二人の旅が始まる──。
【クロスレビュー】
子探しの旅を劇的に描こうと思えばいくらでもできるはずだが、英国らしいユーモアを交えつつ淡々と紡いでいる点に好感が持てた。主人公は子供と生き別れたという重い過去を背負っているが、平凡な女性。大女優デンチがあえて演じずとも・・・という思いも去来した。だが、クライマックスでの彼女の表情ときたら!信仰や怒りや慈悲を超越する領域の表情に、主人公の生き様全てが凝縮されていて、圧巻。これを見たら彼女でしかできない役であることを痛感した。アカデミー賞主演女優賞部門はケイト・ブランシェットが鉄板の扱いだったが(その通り受賞)、もし受賞者をケイト以外の候補者から選ぶなら、私はデンチを挙げるだろう。
(富田優子/★★★★☆)
修道院で行われていた養子縁組の衝撃の事実。シリアスなテーマを扱った物語だけど、ミステリー仕立ての展開と見事な人物描写によって、重苦しさを感じさせない見応えあるドラマに仕上がっている。
元BBCのインテリジャーナリストと信仰の篤い田舎の主婦。バックグラウンドがまったく異なる二人だけど、ジャーナリストはスクープを、主婦は生き別れた息子を探すためにタッグを組む。二人の生活習慣や好みを対比させて、キャラクターや価値観の違いを浮かび上がらせるという演出のなかにも、英国風の皮肉が効いていて飽きさせない。互いの持ち味が最大限に発揮されるラストシーン、<怒れる人>と<許す人>が導くクライマックスに心震えた。
(鈴木こより/★★★★★)
未婚の母となり幼い息子と強制的に引き離されたアイリッシュの女性フィロミーナ。老年を迎えた彼女の息子探しを手伝う若きオックスブリッジの元BBC記者。ふたりの埋まり切らない距離感がいい。育った環境が違い、およそ理解し合えないはずの二人が、それでも影響しあい変わっていく。頑ななカトリック信仰をもつ修道女。保守的に見えるがアイルランドではごく一般的な信仰心を持つフィロミーナ。信仰心がない(無宗教とは違う)英国の記者。そこから生じる各々の正義に対する認識の違いが興味深い。正義も所詮主観であり、それが悲劇の根本なのである。修道女の行いを「許す」ことにつき、「許さない」こと以上に深い怒りがあるのを知った。
(藤澤貞彦/★★★★☆)
監督:スティーブン・フィリアーズ
出演:ジュディ・デンチ、スティーヴ・クーガン
原題:Philomena
2013年/イギリス・アメリカ・フランス/98分
配給:ファントム・フィルム
公式サイト:http://www.mother-son.jp/
© 2013 PHILOMENA LEE LIMITED, PATHÉ PRODUCTIONS LIMITED, BRITISH FILM INSTITUTE AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED
3月15日(土)より全国公開
第70回ヴェネチア国際映画祭脚本賞
第86回アカデミー賞4部門ノミネート:作品賞、主演女優賞(ジュディ・デンチ)、脚色賞、作曲賞