ダラス・バイヤーズクラブ
「あなたはエイズです。治療方法はありません。余命30日です」と、突然宣告されたら自分だったら何を思うだろうか。死の恐怖に直面し、とり乱すだろうか。そして覚悟を決め、「死ぬまでにしたいこと」でも実行するだろうか。実際に宣告されないとその心情を真に推し量ることはできないが、本作の主人公ロン(マシュー・マコノヒー)の余命宣告後の生き方は凄まじい。エンディングノートなんて勧めたら本気でぶん殴られそうな勢いだ。彼は「生きたい」という一念に突き動かされ、治療薬を認可しない米国政府や製薬会社と戦い、ついには無認可の薬を配布する会員制のクラブ「ダラス・バイヤーズクラブ」を設立するに至る。本作は、1985年にエイズを発症したカウボーイ、ロン・ウッドルーフの実話を基としている。
誰にでも生きる権利はある。だが、生きるために「特効薬を飲む権利」を、国が「無認可だから」「効果が実証されていないから」と拒んでいるという現実。患者からすれば、これほど奇怪なことはないだろう。他の国では認可されており、生きる望みが国境を越えれば存在するのに、なぜ自分の国ではダメなのか。突き詰めてみれば、国が国民の生きる権利を妨害しているのではないか・・・という点が、ロンの怒りを増幅している。それゆえ彼は、薬を密輸しようと東奔西走する。体も弱っているのに日本を含む海外を飛び回る体力がよくあるなぁと驚嘆するが、それも彼の生きる執念のなせる業だ。本作は生きる権利を獲得するための戦いを描いた物語だ。
言い添えておくが、ロンがダラス・バイヤーズクラブを設立したのは、あくまで自分中心、“自分が”生きるためだ。国と製薬会社の癒着など社会の歪みの是正や、自分同様に苦しむ人々を救済したいという正義感からの行動ではない。彼は俗物極まりない男だ。酒に女、ドラッグにロデオ。自由奔放に刹那的な快楽を求めて生きていたことを、不快に思う人もいるだろう。だが、彼は実は人生を大切に、自分の欲望に忠実に従い、全力で生きようとしていたことが次第に伝わってくる。それが医者のイブ(ジェニファー・ガーナー)の気持ちを軟化させ、相棒となるトランスジェンダーのレイヨン(ジャレット・レト)に勇気を与えるのだ。そう、それは映画を見ている我々も同じだ。
余命宣告から約7年後、ロンはこの世を去った。その後、薬が多様化され、多くの人々の命が救われたという。それはイブやレイヨンに象徴されるように、世間が彼の生き方に共感を寄せた証とも言えよう。ヒーローでも慈善家でもない自己チュー男の人生が、結果的に閉塞した社会に変化をもたらしたという、運命の不思議さも面白い。ロンを演じたマコノヒーは、21キロの大減量を敢行し、大熱演。マコノヒーと言えば、特に昨年は『ペーパーボーイ 真夏の引力』や『マジック・マイク』など、ムキムキの肉体を晒すことがお約束(?)だったが、本作では目は落ちくぼみ、もはや皮と骨だけと言ってもいいくらい痩せこけた。だが悲壮感はなく、むしろスクリーンいっぱいにギラギラと輝きを放つ。それがまた、ロンの破天荒な人生とマコノヒーの(演じてきた)ぶっ飛びキャラの相乗効果で笑えるのだ。最近の世相は、何となく白けているというか、覇気がないというか、事なかれ主義が蔓延しているように思える。そんな時代だからこそブレない生き方を貫いたロンが、我々の眼に余計まぶしく映るのかもしれない。
▼作品情報▼
監督:ジャン=マルク・ヴァレ
出演:マシュー・マコノヒー、ジェニファー・ガーナー、ジャレット・レト
原題:Dallas Buyers Club
2013年/117分/アメリカ
配給:ファインフィルムズ
公式サイト:http://www.finefilms.co.jp/dallas/
第86回アカデミー賞6部門ノミネート:作品賞、主演男優賞(マシュー・マコノヒー)、助演男優賞(ジャレット・レト)、脚本賞、編集賞、メイク・ヘアスタイリング賞
2014年2月22日(土)新宿シネマカリテ、ヒューマントラスト有楽町ほか全国ロードショー
2014年6月13日
ダラス・バイヤーズクラブ/死の淵で彷徨う
ダラス・バイヤーズクラブDallas Buyers Club/監督:ジャン=マルク・ヴァレ/2013年/アメリカ 俺はまだ死んでいないだけ ヒューマントラストシネマ有楽町シアター1、F-11で鑑賞。マコノヒーが激ヤセということと、エイズの話だということしか知りませんでした。差別問題を扱っているのかと思っていたらまったくちがったねー。 みなさん指摘されていることだと思いますが、字幕がややお上品というか、気を使いすぎているのか知らないが、FaggotもQueerもぜんぶ「ゲイ」って訳されているのはちょっ…