【TNLF】マリア・ラーション永遠の瞬間
マリア・ラーションの夫、港湾労働者のシグリッドは飲んだくれて家族にたびたび暴力をふるう。顔に痣を作って実家に避難してみれば、父親は事情など関係なく封建的な言葉を繰り返すばかり。夫は、ゼネストに参加し、青年社会党(アナーキスト)の配った小冊子の言葉を日常の会話に使って妻を驚かしたりする。イギリスからは、ストライキ破りの船が次々に到着し、夫は仕事を奪われ稼ぎを失う。こうした情景を見ると、20世紀初頭のスウェーデンは、現在の高福祉国家の面影はない。1908年の船の爆破事件、1909年の大規模なゼネストなど歴史的事件が、物語の中に巧みに織り込まれている。
マリアは、まだカメラが珍しかった時代、くじで当てたコンテッサのカメラを売ろうと写真店に入る。ところが、店のオーナーセバスティアンに、技術の手ほどきを受け、撮影現像に必要な付属品まで譲り受けてしまう。いつしか撮影の魅力に取りつかれた彼女は、夫に隠れて写真を撮り続け、夫の稼ぎがなくなった時、その技術が生計を助けることになる。そのうえ、セバスチャンとマリアの間にはいつしか淡い恋心まで芽生えていった。
夫シグリッドとセバスティアンは、すべての面で違っている。肉体労働者の夫と最先端の科学である写真を扱うセバスティアン。アコーディオンを弾き大衆的な歌を唄う夫とヴァイオリンでクラシックを弾くセバスティアン。一方は安酒を飲み酔っぱらい、一方はブランデーをグラス1杯女性に勧める。夫は、妻は言うことを聞くのが当然とばかりに暴力を振るい、セバスティアンは一緒に坐って悩みに耳を傾けてくれる。ある意味、このふたりの男は、封建制時代と近代を象徴しているようにも見える。夫も決して悪い人ではない。人からも好かれ、動物からも好かれ、体力も生活力も備えている。ただ、封建的な価値観の中で生きているところが、この男の限界なのだ。マリアがふたりの間を揺れ動くものの、あくまで夫から離れられないのは、カメラが象徴するところの近代に憧れながらも、今ある現実を選んだからだ。シングルファーザー、マザーの時代はまだまだ先のことである。子供たちの幸福を考えれば、家を出るという選択肢はない。
この物語はそこから、1914年第一次大戦を経て、繁栄の時代を迎える1920年代で終わる。それにつれて社会も変わっていくのが手に取るようにわかる。女性の職業が色々出てくる。洗濯、繕い物、仕立て、かつら作りなど。マリアが昔勤めていたお屋敷で、娘も家政婦として働くことになる。その家にはブラブラしている女主人の弟がいて、お決まりのように娘に手をつけようとする。母の時代にはそれにじっと耐えるしか術がなかった。けれども娘の時代には、少なくともそれに抗議し、他の働き場所まで要求するくらい、女性がちゃんと主張できるようになった。階級の没落と反比例して大衆に力がついてきたことの何よりの証明である。映画の終盤に近い20年代になると、働いてお金を溜めてきた女性がひとりで店をもったりするまでになっていく。
これは、封建制の時代から近代へと移りかわるヨーロッパの歴史の転換点を舞台にしたスウェーデン版「女の一生」。まだ、写真の1枚1枚が人を幸せにした時代、マリアは、家族や近所の人の喜びや悲しみ、街を撮影した。永遠の瞬間。その写真は今も残っている。これは実話がベース、マリア・ラーションは、ヤン・トロエル監督の妻の父親の従姉妹にあたる。そして今、この映画が出来ることによって、マリアは彼女自身の「女の一生」をも永遠の瞬間にしたのである。
▼作品データ▼
原題:Maria Larssons eviga ögonblick/英題:Everlasting Moments
監督:ヤン・トロエル
出演:マリア・ヘイスカネン、ミカエル・パーシュブラント
イェスパー・クリステンセン、カリン・オールヴァル
(2008年/スウェーデン・デンマーク・ノルウェー・フィンランド・ドイツ /131分)
※2013年スウェーデンアカデミー(グルドバッゲ)賞助演女優賞
※「北欧映画の一週間」
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