【TNLF】『復讐の夜』:柳下美恵さんトークショー

3部作を弾き終えて

2月9日(日) TNLF2012『魔女』(1922)、TNLF2013 『密書』(1913)に続くベンヤミン・クリステンセン連続企画第三弾。『復讐の夜』が柳下美恵さんのピアノ伴奏付きで上映され、その後には、まつかわゆまさん(シネマアナリスト)と 柳下美恵さんによるトークショーが行われた。お二人が語るサイレント映画の魅力とは。興味深い話が満載です。



復讐の夜【作品について】
無実の罪を着せられた脱獄囚ストロングジョンが、養護施設から連れ出した自分の乳飲み子を抱えて、ラントン家の姪のアンの部屋に迷い込む。ところが、彼を助けようとした善意の人ラントン侯爵家の姪のアンを囮にして、侯爵はジョンを捕えてしまう。裏切られたと思ったジョンはアンを呪い、彼女への復讐を固く誓う。十数年後、記憶を半分失ったジョンは、仮出所後、運命に導かれるようにして、アンの住む家を見つけ、かつての復讐心を思い出す。アンに危機が迫っていた・・・。善意と偽善、復讐心、罪悪感、恐怖心と勇気、親子の情愛、人間の心の奥にあるさまざまな感情が、画面上に渦巻いている。善の心にも宿りうる復讐という名の殺意。身なりで人を判断していないか。人が本当に公正に人を裁けるのか。サスペンス映画という枠組みの中で、この作品は、今にも通じる様々な問題を提起している。

本作での柳下さんのピアノは、侯爵邸ではそのデコラティブな椅子やテーブルと同じように、旋律にも飾りが付き、一方脱獄囚ストロングジョンの現れるシーンでは、単に暗いというだけでなく、彼の貧しさを象徴するかのように、シンプルな旋律で弾きわけられている。人物の性格や境遇まで伝わってくるかのようだ。サスペンスシーンでは、印象的で強いリズムが繰り返され、場を盛り上げる。映画を観ている間は、意識していなかったのだが、映画終了後もしばらくその旋律が耳に残っていたことには驚かされた。「ピアノを映画の翻訳のつもりで弾いています」といつも語られている柳下さん。それは作品の深い理解に支えられているのだろう。いつも観客の拍手のあと一礼し、指揮者がオーケストラにするように、スクリーンに向かって手を差し出す柳下さん。そこに彼女の演奏の姿勢と、映画への深い愛情が感じられて、最近ますます魅了されている。



柳下ゆまさん

左から柳下美恵さん、まつかわゆまさん

【トークショー】
まつかわゆまさん
(以下まつかわ)
「ベンヤミン・クリステンセン監督は、1879年生まれ1959年没デンマークの巨匠であります。本日の作品でも、ストロング・ジョン(殺人容疑がかけられた男)を演じていました。彼は監督、脚本、出演、自分の映画会社も作って配給もしてしまうスーパーマンだったんです。医学を学びオペラ歌手を目指す。あるホテルでカルーソーと隣り合わせの部屋になり、クリステンセンは、お風呂でいい気持ちになってオペラを歌っていた。それを聴いていたカルーソーはぜひ僕のオペラで歌ってくれと言ったというほどの声をしていたクリステンセン。顔良し、声良しあと舞台度胸だけというところなんですが、ところが、舞台に出ると声が出なくなってしまうということでオペラ歌手を諦めた。
『密書』が第1作目で『復讐の夜』が2作目、3作目が『魔女』になります。『魔女』の頃には第一次世界大戦がすでに始まって不景気になり、デンマークでは製作できなくってスウェーデンの会社でもってこれを作ることになったわけです。彼が本当に自分の好きに作れた作品はこの『復讐の夜』までということになるのですね。これで3作品弾かれたわけですが、どういう風に思いながら弾かれていたのかお聞かせください。」

OLYMPUS DIGITAL CAMERA柳下美恵さん(以下柳下)
「私が弾いたのは、『魔女』が最初だったので、これは、カルト映画という部類なのか、あるいは本当にインテリなんだろうなという風に思って弾いていました。今日の『復讐の夜』では映画の冒頭で、自ら出てきて監督として女優を指導するという場面から始まるというところが『魔女』とも通じるところがあり、すごく個性的な監督だなと思いました。『魔女』は最初に大学の講義のように魔女のことを説明して、その後に実写が始まるのですね。
あと、13年に作られた『密書』との関りで言いますと、16年に作られた『復讐の夜』とはサスペンスということでは共通しています。あと、これはまつかわさんからご指摘いただいたのですけれども、電話が頻繁に使われていますね。『密書』では、電話とか伝書鳩、電信といったものが使われていました。ああいうものは音が出るものじゃないですか。サイレント映画は音がないのだけれども、それを観たことにより、観客が音を感じると思うのですよね。クリステンセン監督の作品は、そういったものでリズムが出来ているのかなという感じがして、いつも即興で弾いているのですが、その画面に合わせてそのまま翻訳するように弾いています。なので、何も私の考えはなく弾いておりますという感じなのですけれども。」

(まつかわ)「でもね、この映画の中でもあいつはワルだ。象使いの実は真犯人、一体何の犯罪だったのかちっともわからないのですけれども、そういうのをまったく気にせずに、とにかくお客さんをサスペンスに巻き込んでいく。それにはやはり美恵さんの音楽というのが影響を与えると思うのですよね。」

(柳下)「私は黒子なので、監督が言いたいことがちょっと強調されればいいなって思っているのです。だから監督のすごい力をいつも感じながら、それをありがたく受け止めて弾いています。さっきのまつかわさんがおっしゃった経歴の中で、ちょっと付け加えると、最初の部分、シャンパンで乾杯するというのが出てきますよね。クリステンセン監督は、色々苦労されていて、映画界に入った後で実業家もやっていて、シャンパンを売っていたらしいのですね。だからあれは自分が輸入したシャンパンなのかな、などということも考えながら観ていたのですけれども。」

OLYMPUS DIGITAL CAMERA(まつかわ)「サスペンスって、見えていないところで聴こえている音っていうのもありますよね。確かにこのクリステンセン監督って、音を感じさせる。例えばわざわざ枯れ草を踏んで歩いている。ガサガサゴソゴソ、ああ近づいてくるというのを、観ながらわかるように作っている。それに色々な音楽をつけることによってさらに効果が高まっていると思うのですよ。あと、クリステンセン監督というのは、音だけではなくて、光と影の使い方が非常にうまくて、特にこの作品の場合には電気を点けると、フィルムが暖かめのアンバーな色合いだったり、外に出ると青や紫で夜ですよ、寒いですよ、なんていうのを見せたりしていますね。」

(柳下)「去年弾いた『密書』は、完全なモノクロでした。息子がお父さんを助けに行くシーンでは、まるで昼間みたいな明るさのところで、警備の人が気づかない訳がないのに、簡単にかいくぐれてしまうので、笑いが起きてしまったのです。これは、元々は青で染められていて、夜という設定になっていたのですね。今回は幸運なことに染色版が残っていて、それを復元しているので、綺麗に室内が黄色、あるいは赤になっています。元々はもちろんモノクロなんですけれども、それを染色しているっていうのが当時のサイレント映画の形だったので、それが見られて本当に良かったなと思います。」

(まつかわ)「サイレント映画が、その時代にどういう状態で観られていたかというのがなかなかよくわからないので、その辺を教えていただけると非常に面白いですね。」

OLYMPUS DIGITAL CAMERA(柳下)「染色と、あと彩色といってひとつひとつ手で彩色しているものもありましたし、ステンシルって型でやっていたとか、色々なものがありました。あと、トーキーになった時に1秒間18コマから24コマにカメラ速度が変わりました。それを今の映写機にかけると、動きがすごく速く見えてしまうのですが、以前はそのまま上映されていたもので、その動きの速いのがサイレント映画だって認識されている方もいらっしゃると思うのですね。けれども、本当は普通な動きでしかも染色されたものがかなりあったのです。最近では、復元が盛んになってきたので、当時のままの姿で観られる機会が増えてきたんじゃないかなって思います。」

(まつかわ)「サイレントっていうと間に字幕が入るじゃないですか。セリフだったり説明だったり。それがあんな風にひとつの絵みたいになっているのもちょっとびっくりしたんですね。」

(柳下)「そうですね、本当に字で表現するとかいうのもあるのですけれども、これはひとつひとつが絵といっしょになっているので、雰囲気も非常に伝わりますね。当時は字幕を書く専門家がいて、スタッフクレジットの字幕の項目に名前が入る時代だったのですね。」

(まつかわ)「ヒッチコックも最初字幕のデザイナーとして映画界に入ったのですよね。字幕自体も映画の中のひとつなんだっていうのを実感します。」

(柳下)「ちょっと本を読むような感じでそこを読んで下さいっていうところもあるのかな。」

(まつかわ)「正義の女神が目隠しをし、天秤と剣を持った姿(※)が描かれているというのが何シーンか出てきますけれども、あれもやはり非常に意図したものだったのでしょうね。」

※)ギリシャ神話の女神テミスの絵。天秤は正邪を量り、剣は力を示し、目隠しは公正さを表す。裁判所などに掲げられることが多い。この作品では剣=権力が男を突き刺す形になっているところがミソ。

(柳下)「正義の女神は、その頃の他の映画にも出てくるのですけれども、この作品では、最初のところから円柱があって、その延長線上に、正義の女神に刺されている男をイメージしたものが多分出ているのですよね。なので、ギリシア神話のイメージをすごく感じます。リチャードの家のステンドグラスとかも、やっぱりギリシアの女神が描かれていましたね。あと、関係ないのかもしれないのですが、象使いの家で絵がかかっているのですけれども、『魔女』に出てくる動物のようなものが2対描かれていて、そういう嗜好がこの頃からクリステンセン監督にはあったのかという気もします。」

OLYMPUS DIGITAL CAMERA(まつかわ)「この作品が作られた1916年は、第一次世界大戦の真最中ですよね。クリステンセン監督の作品を観ていると、近代と前近代、封建制と近代とがせめぎ合っているようなところに、いた人なのだなという感じがしますね。例えば、1916年だとアインシュタインが相対性理論を発表している。かと思うと、ロシアの怪僧ラスプーチンが暗殺さている。ラスプーチンなんて魔術の世界ですよね。それと、最先端の科学が一緒になっている時代。クリステンセン監督というのは、作品に最先端の科学を取り入れながら、でもそこにあるのは、闇夜の中から現れてくるモンスターに代わって、モンスター的な人間の心理が一番怖いんだよとか、そういう常に人が恐れているものを重ね合わせて見せているという面白さがあるのかなと思いましたね。」

(柳下)「第一次世界大戦が終わってしまうと、ヨーロッパ映画って、一部例外を除いて、衰退してしまうのですよね。この頃ってまだ、この映画を観ても、部屋なんかもすごく豪華な装飾が使われていますよね。その辺がそこを境に変わっていくのかなって思います。暮れに帝政ロシア時代の映画を弾いたのですけれども、それが非常に顕著で、革命が起こって貴族たちの時代から大衆の時代へと変わっていく端境期なのかなって感じもしますね。色々なことが変わっていきます。今年1914年、第一次世界大戦勃発から丁度100年なのですよね。世界中で、第一次世界大戦に関するイベントがあるようで、私たちもそれについて考えてみてもいいのかなって思いますね。」

(まつかわ)「映画って1895年に一応誕生したってことになっているので、この作品を観ると、わずか20年くらいの時期にもう映画って完成していたっていう感じがしますね。」

(柳下)「そうですね。同じ年に『イントレランス』とかありますものね。でもその前に『イントレランス』に影響を与えた『カビリア』(14年)っていう非常に大がかりなイタリア史劇も作られていました。昨日、京都で弾いたのですが、この作品ではエキストラを何万人も動員して、大がかりなスペクタクルを作っている。こういうのを観ると、もうこれは本当に完成しているなっていう、それどころかCGではなくて、本物の人が出ているので、今の映画よりも迫力あるなって思いますね。」

(まつかわ)「一方では、人をいっぱい使う。大きなセットを作る。そういう映画がありながら、人間の数ということではギュッとコンパクトにまとめた、でも人の心の奥深くをほじっていくような作品も出来てきていた。それは本当にすごいことだと思いますね。わずか20年。今から20年前っていうと、『タイタニック』よりちょっと前ですよ。そんなもんでこんなに変わっていく、出来上がっていく。ゼロからですものね。そう考えると、サイレント映画の面白さっていうのは、もっと知られてもいいんじゃないかと思います。」

(柳下)「それからここでちょっと宣伝させて下さい。同じ監督で『嘲笑』というのを2月21日UPLINKで、弾きますのでもしよかったらいらしてください。クリステンセンの『復讐の夜』に近い様な怖いシーンが出てきます。」

(まつかわ)「この監督はわりと怖いもの好きですよね。」

(柳下)「そうですね。サスペンスも好きだけれど、なんかやっぱちょっぴり、ダークっていうかアングラというかそういう嗜好がありますね。それはやっぱり自分がノイローゼっていうところから来ているのかなっていう感じがしなくもないですね。」

(まつかわ)「冒頭に出てきた監督の姿を見ていると、そうした悩みなんてなくてもいいんじゃないかなって気がしますけれども、なんでみたいな。まあそのお陰で、舞台を諦めてくれたお陰で我々は映画を見られるということになるのですけれどもね。」

▼作品データ▼
原題:Hævnens Nat/英題:Blind Justice
監督:ベンヤミン・クリステンセン
脚本:ベンヤミン・クリステンセン
出演:ベンヤミン・クリステンセン
(1915年/デンマーク/100分)

※柳下美恵さん伴奏『復讐の夜』(15年) ベンヤミン・クリステンセン監督の上映は、2月12日(水)19時~にも予定されています。上映後の、まつかわゆまさん(シネマアナリスト)と柳下美恵さんによるトークショーもお楽しみに。



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