【TIFF】ハンズ・アップ!(World Cinema部門)

子供たちの秘密基地から見た移民問題

(第23回東京国際映画祭・World Cinema部門)
子供時代を回想するという形で始まるこの作品、回想しているのが2009年のフランスでの出来事というのが、とても興味深い。未来の人が今を回想しているのである。
ハンズ・アップ!
ミラナは、チェチェン共和国からの不法移民家族の女の子。といっても彼女は、フランス語はペラペラだし、むしろ、フランス人の子より勉強もできるから、「今日はミラナといっしょに宿題をやるんだ」というのが、遊びたくてしようがない子供たちの親への免罪符にさえなっている。ブレーズという名の男の子と妹のアリスはミラナのことが大好き。いつも宿題を口実に他の仲間たちと、建物の半地下にある倉庫の一角、まさに子供たちの秘密基地へと一目散。蝋燭に火を灯し、宿題をしたり、作戦会議を練ったり、すべて自分たちだけで考え行動する。ここからさらに奥の小さな穴から鼠のように食料倉庫に忍び込んで、お菓子を調達してくることもある。自分の子供時代を想像してほしい。崖の横腹にポッカリと空いていた小さな洞穴。空き家になっていた元社員寮のカビ臭い部屋。そんなものにどれほど胸をときめかしたことか。ここがどれほど素晴らしい場所であるかがよくわかる。そんなところに、フランスの抱える移民の問題がするりと入り込んでくる。
現代のヨーロッパはどこでも、移民問題が深刻である。特にイスラム系の移民たちに頭を悩ます国が多い。フランスでは、今年の2月に俗に言う公立学校での「スカーフ禁止法案」が可決され、新学期から施行されたことが記憶に新しい。自由、平等、博愛を掲げるはずのフランスでさえこんな状態なのである。とはいえ、実は最後の博愛というのがミソだ。すなわちそれは、「フランス共和国成立の歴史に敬意を払い、フランスの諸原則を遵守するという契約関係を結んで初めて認められる」(「ヨーロッパとイスラーム」岩波新書)ものなのである。当然そこからいくと、ミラナの家族はチェチェン(イスラム教徒の住む地域)からの不法移民ということで、博愛の範疇には入らないし、自由平等の権利を保障されないのは当たり前ということになってしまう。
しかしこの作品は、こうした大人たちの問題、フランスの社会背景をストレートに描くことはしない。あくまでも主役は子供たちだ。彼らのいきいきしていること。彼らの演技は、まるでキャメラの前で遊んでいるところをそのまま写したかのように自然である。そしてブレーズとミラナの淡い恋がなんとも可愛らしい。このあたりは、フランソワ・トリュフォー監督の『トリュフォーの思春期』(76年)を思わすような爽やかさがある。
そんなどこにでもある子供たちのひと夏の思い出が、そのままフランスの社会問題に繋がっていくというところが、この作品の秀逸なところである。あくまで、子供たちの秘密基地から社会を捉えようとしているのだ。その点では、ミラナを家で預かることになった、ブレーズとアリスの母親(ヴァレリー・ブルーニ・テデスキ)も重要な存在と言える。大人たちの世界は常に彼女を通して観客に示される。また、子供たちは彼女を通して得た情報を元に、自分たちで考え行動を起こしていく。そのことで、それが突拍子もないことであっても、理由がよくわかるのである。
突拍子もない行動と言えば、この映画のタイトルにもなったハンズ・アップ。連れ去ろうとする警察からミラナを守るため、子供たちが地下室に閉じこもり、パリ中を大騒ぎにさせた後、ようやく表に現れたとき、なぜか思わずハンズ・アップしてしまうのだが、上のスチール写真をよく見ていただきたい。子供たちの手の挙げ方が微妙に違っているところを。一番左の女の子ミラナははっきりと、両手をハンズ・アップとているのだが、右から2人目の男の子ブレーズの手はハンズ・アップとているというよりは、親から怒られる自分を守ろうとして、腕をあげていようにも見える。ここで回想という形を取ったことの意味が出てくる。年を取ったミラナは、「誰かがハンズ・アップしたので、自分も自然にそういう格好になってしまった」と言い、ブレーズは「ハンズ・アップなんかした記憶はないのだが」としゃべっている。この後母親に抱き締められたミラナと、父親から怒られ殴られていたブレーズ。これは、ひとつの目的のために一緒に行動していた子供たちにも実は微妙な違いがあったことを示している。ミラナに好かれたい、ミラナを守りたいという気持ちと遊びが半分混じりあっていたブレーズ。そしてもっと切実な思いでこの行動に参加していたミラナ。このことは、同じように見えていた子供たちにも、実は社会の影が微妙に落ちていたということを何よりよく表しているように思える。
おススメ度:★★★★★
Text by 藤澤 貞彦
原題:Les Mains en L’Air (Hands Up)
監督:ロマン・グーピル
脚本:ロマン・グーピル
制作:2010年/フランス/90分
出演:ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、リンダ・ドゥデヴァ、ジュール・リトマニック
公式サイト:第23回東京国際映画祭公式サイト
コピーライト:© Les Films du Losange

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