『危険な関係』ホ・ジノ監督インタビュー: 「中国サイドで韓国の監督やスタッフが必要になっているのではないでしょうか」
これまで幾度となく映像化されてきた小説「危険な関係」が、今度は中国映画として再び命を吹き込まれた。
「所詮同じストーリー。目新しさはない」などという決め付けがあれば捨てて欲しい。1月10日(金)公開の『危険な関係』では、“魔都”と呼ばれた最も魅惑的な1930年代の上海を舞台に、チャン・ツィイーにセシリア・チャンという中国・香港を代表する女優が鬼気迫る演技で火花を散らし、韓国のスター俳優チャン・ドンゴンが世紀のプレイボーイという新たな魅力で2人を翻弄する。その駆け引きは非常に艶かしく、一時も目が離せない。当時の上海の上流階級の生活を再現した美術、制作に5,000万円が投じられた華麗な衣裳も見応え十分だ。
製作費15億円。この中国映画界渾身の一作のメガホンを任されたのは、意外にも中国の監督ではなく、韓国が誇る“恋愛映画マスター”ホ・ジノ監督だった。『八月のクリスマス』『春の日は過ぎゆく』『四月の雪』などの作品で、日常に潜む女心の揺れや惑いを繊細かつ静謐な映像で描き出してきたホ監督。このあまりにも有名で激しいラブストーリーの再映像化にどう挑んだのか?来日した監督にお話をうかがった。
‐‐『危険な関係』は中国から依頼される形で監督されたのですね。ご自身のどういう部分が製作側から求められたのだと考えてらっしゃいますか?
今回の製作会社が、やはり中国との合作だった『きみに微笑む雨』(09)を作った時と同じ会社だったんです。一緒に仕事をした経験もあるし、私の過去の作品が中国の観客にも比較的よく観られているということもあって、今回は中国映画ではあるけれども、韓国人である私に提案を下さったと思っています。
‐‐脚本のゲリン・ヤンさんはジョアン・チェン監督の『シュウシュウの季節』(98)やチャン・イーモウ監督の『金陵十三釵』(12)の原作者としても知られ、チェン・カイコー監督の『花の生涯 梅蘭芳』(09)の脚本も手がけるなど、中国では非常に有名な女性作家です。当方の勝手な感想ですが、いつも男性に虐げられる女性、ロリコン男性受けしそうなヒロインを描かれることの多い印象があり、リアルな女心を切り取ってきたホ監督とはやや作品のテイストが異なるのではと感じます。監督されるに当たり、脚本家と刷り合わせを行われた部分はありますか?お仕事された感想をお聞かせください。
ヤンさんは上海のご出身で、この映画の中で描く上海の時代的な知識が豊富でしたので、製作側から彼女でどうかと推薦を受けたんです。予想していたよりも、とてもオープンな人でした。私が監督として言うことにきちんと耳を傾けてくださり、仮に意見が異なっても討論を重ねれば理解してくださるので、特に難しい部分はありませんでした。基本としてヤンさんのシナリオが存在し、そこに中国語のできるスタッフを通して私が脚色を少し加えていくという形で作っていきました。
‐‐今回、あくまで中国映画ということで製作されていますが、原作は世界的に有名です。ターゲットとして中国以外の観客も視野に入れて作られたのでしょうか?
観客は誰なのかということを意識して作ったことはありません。ただ、あくまで中国映画として作るので、中国の観客が見た時に「これは外国人が撮ったんだな」とは思われないよう、当時の中国のことについて勉強しました。あくまで、中国映画のひとつだと思って観てもらいたいという意識はありましたね。
‐‐これまでのホ監督の作品に比べ、非常に寄りのシーンが多いと思いました。また、役者同士の顔の位置も近いですね。どういう意図があったのでしょうか?
私は原作にある心理描写がとても良いと感じていたので、それを表現するためにより近い距離で、目の中の瞳が見えるほどのクローズアップを使いたいと思ったんです。また、実際に撮影する段階で、美術的な見切れなどの事情もあり、出来るだけ寄って撮るしかないという事情があったことも事実ですね。
‐‐そのクローズアップに耐えうる俳優陣の演技も素晴らしかったです。チャン・ツィイーさんが絶妙のタイミングで涙を一筋流すシーンなど非常に印象的でした。心理描写にはこだわったとおっしゃっていましたが、現場ではどの程度まで演出をつけられるのですか?
「この場面のどこかで涙が流れるといい」ぐらいのことは言いますが、実際タイミングを指示しても出来るものではありません。チャン・ツィイーのあのシーンは、私自身、見ていてどうしてあんなことが出来るのか不思議なくらいでした(笑)。0.1秒遅くても早くても“違う”となってしまう。クローズアップで撮っているため、少しフォーカスがずれただけで失敗になってしまうので、彼女のタイミングは完璧ですよね。
ただ、あのシーンでは涙を“出している”のではなく、“自然に流れている”のです。本当に凄い女優だと思います。
‐‐チャン・ドンゴンさんもこれまでの男臭いイメージとは異なり、絵に描いたようなプレイボーイぶりが見ていて壮快なほどでした。キャスティングは監督のご意見ですか?それとも、製作側からの希望があったのでしょうか?
キャスティングについては、やはり中国の映画ですし、予算も相当大きなプロジェクトですから、製作側との間で色々な話し合いを進めました。チャン・ドンゴンに関しては、中国映画に出演した経験もありましたし(06年の『PROMISE無極』)、彼自身も今まで経験したことがないタイプの演技なので、プレイボーイという男の役をぜひやってみたいと思っていたようです。運良くスケジュールも空いていたので、彼にしました。それにやっぱり、この作品のイーファンという人物はハンサムじゃないと成立しないですからね(笑)。
‐‐日本では2月にもオ・ギファン監督(『ラスト・プレゼント』)がやはり中国で撮った『最後の晩餐』が公開されるのですが、近年、映画・テレビの世界で中国と韓国の合作が増えています。こうした傾向についてどうお考えですか?
これはある意味、市場論理だと言えると思います。中国におけるマーケットが非常に大きくなっていて、中国サイドで韓国の監督やスタッフが必要になっているのではないでしょうか。それは“合作”という概念とはちょっと違っていて、中国の作品にあくまでスタッフの一員として、監督やスタッフが参加しているという形が多いのです。もちろん、韓国側も中国のマーケットの部分に関心を持っているという事情もあるとは思いますが。
‐‐中国では優れた企画が乏しいという話も聞くので、より需要がありそうですよね。
そういうこともあるでしょうね。ただ、やっぱり、様々なものが様々な分野で数多く作られているので、単純にスタッフが足らないという事情があると思います。私はやはり、合作という形が取れる方がより良いのではと思うのです。そうすれば、中国と韓国の両方で作品が上映されることになり、それぞれの国のマーケットが広がっていきますから。ただ、韓国、日本、中国、いずれの国においてもそうなのですが、自国以外の国の作品を皆がもっと観るようになれば良いですよね。まだ、そこまではいっていないと思います。
profile of Hur Jin-ho
1963年8月8日生まれ。1998年に自ら脚本を手掛けた『八月のクリスマス』で監督デビュー、カンヌ国際映画祭の国際批評家週間部門に招待されたほか、韓国版アカデミー賞の青龍映画賞では最優秀作品賞・新人監督賞など5部門で受賞する。2作目の『春の日は過ぎゆく』(01)は東京国際映画祭で最優秀芸術功労賞、釜山国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞。その他の監督作品に『四月の雪』(05)、『ハピネス』(07)、『きみに微笑む雨』(09)などがある。
<取材後記>
個人的に『春の日は過ぎゆく』が非常に好きで、あれほどリアルで面倒な女心を描写できる男性監督って一体どんな人なのだろう?と、お会いするのを楽しみにしていた。登場したホ・ジノ監督は、丸顔の柔和な面持ちとはアンバランスなほど背がスラッと高く、垢抜けた印象の男性。これはきっと、ご自身の過去の恋愛経験が映画作りに遺憾なく発揮されているに違いない(訊けなかったが)。ちなみに、恋愛のプロセスで一番美しいと感じる部分は「始まり」だそうだ。
また今回お話を伺い、勢いを増す中国の映画産業を中心に、中国、韓国などという国の枠組みを取り払った個人としての才能の行き来が本格化しているのだと改めて実感。多少なりとも映画に関わる日本人として、中国はどうの、韓国はどうのと政治と絡めて線引きし、小さくまとまっている場合ではないと危機感を強くした。
▼作品情報▼
『危険な関係』
原題:危険関係 英題:Dangerous Liaisons
監督:ホ・ジノ
製作総指揮:チェン・ウェイミン
脚本:ゲリン・ヤン
出演:チャン・ツィイー、チャン・ドンゴン、セシリア・チャン、ショーン・ドウ、リサ・ルー、キャンディ・ワン
配給:キノフィルムズ
2012年/中国/110分
(c)2012 Zonbo Media
1月10日(土)よりTOHOシネマズシャンテ、新宿武蔵野館ほか全国にて公開
公式HP http://www.kikennakankei.jp/
2014年1月10日
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