ザ・コール[緊急通報指令室]
その昔、テクノロジーの進歩が映画のストーリーの可能性を広げると思っていたことがあった。ところがここまで身の周りがハイテクになると、金庫破りひとつをとっても、もはや知恵の他に特殊な技術や身体的能力までもが要求されるようになってきた。オードリー・ヘプバーンが現代に生まれていたら『おしゃれ泥棒』にはなれなかっただろうし、携帯を持っていれば『死刑台のエレベーター』のサスペンスは存在しない。そこで作品によっては、敢えて携帯電話が繋がらない環境を作り出したり、防犯カメラやエアコンを故障させたりもするのだが、これは誤魔化しのようで、いまひとつすっきりしない。技術の進歩はかえって映画の楽しみを奪ったのではないかと疑いはじめていた。
そこに登場したのが『ザ・コール緊急指令室』だ。誘拐され、車のトランクの中に閉じ込められた少女(アビゲイル・ブレスリン)。その極限状態の中で、命を繋ぐのが1台の携帯電話なのである。藁を掴む思いで通報した911緊急通報指令室。少女にとっては、そのベテランオペレーター(ハル・ベリー)の声だけが頼りであり、彼女の知識と勘だけが生存できる可能性のすべてである。心の闘い、頭脳の闘い、その困難さが次々とサスペンスを生む。ハイテク時代にも、工夫次第でそれを上手に利用したサスペンス映画が作れることを、この作品は証明した。
本作の誘拐事件には、モデルがある。そのひとつは、テレビ番組「アンビリバボー」でも紹介された、アメリカ・テキサス州ヒューストンで起きたジェシカ・バルクレーの事件だ。車のトランクに閉じ込められたジェシカをオペレーターが励まし続け、車の製造年月日を聴きだし、中から開けられることを確認の上、救出へと導いたものである。本作でも車の車種を聴きだすシーンが出てきている。また、他にもオペレーターが一般市民に追跡を要請して問題になった事件も脚本に巧みに取り込まれ、サスペンスの効果を高めている。これらはリサーチの勝利とも言えるだろう。
本作に登場する911は、日本の110番とは違って、応対するのは警察職員ではない。民間人、しかも女性中心の職場のようだ。雰囲気に臨場感がありリアルである。おそらく細部についても入念にリサーチしているのだろう。オペレーターの仕事は、通報者と話をしながらパソコンを入力し、パトカーや市の保健所などに的確に出動の指示を出していくというものである。一歩間違えば、被害者の死にも繋がってしまう危険もあり、大変ストレスのかかる仕事だ。それでいて、その後被害者がどうなったのかという情報は、警察に仕事が移ってしまうため、多くの場合は知ることができない。大変な割に報われない仕事と言えるかもしれない。この作品はそうした中で働くひとりの女性ジョーダン(ハル・ベリー)の職業上の心の葛藤がもうひとつの主題となっている。誰にでもある仕事上の失敗、そのトラウマをどう乗り越えて行くか。そこから離れて生きて行くのか、あるいは、もう一度トライして克服していくのか。人生における大きな問題である。彼女の取った勇気ある行動は、あまりに危険な行為なので疑問は残るが、トラウマの克服という点では、一応の説得力はある。女性のドラマとしても、サスペンス映画としても、色々な角度から楽しめる作品だ。
▼作品データ▼
原題:The Call
監督:ブラッド・アンダーソン
脚本:リチャード・ドビディオ
撮影:トム・ヤツコ
出演:ハル・ベリー
アビゲイル・ブレスリン
モリス・チェスナット
マイケル・エクランド
制作:2013年/アメリカ/94分
配給:東京テアトル
公式サイト:http://call911.jp/
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※11月30日(土)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開