祖国・中国を批判する現代芸術家の素顔:『アイ・ウェイウェイは謝らない』アリソン・クレイマン監督インタビュー
艾未未(アイ・ウェイウェイ)という名前を聞いたことがあるだろうか?2008年北京オリンピックのメイン会場、通称“鳥の巣”の設計に参加したことで一躍有名になった中国の現代芸術家であり、過激なパフォーマンスで祖国を痛烈に批判する社会運動家でもある。日本では2009年に森美術館で「アイ・ウェイウェイ展‐何に因って?‐」が開催され、46万人を動員した。彼が何者かは知らなくても、達磨のような大きな体と、厳ついがどこか愛嬌のある面構えには見覚えがあるという人もいるかもしれない。
近年の中国のプライドを象徴するような“鳥の巣”という建造物に大きく貢献したアイ・ウェイウェイだが、一転して中国政府の“目の上のたんこぶ”となってしまう。北京オリンピック開催を前に、アイ・ウェイウェイは中国が威信をかけるそのイベントを「政治プロパガンダである」と糾弾。さらに、2008年5月に発生した四川大地震では、政府の違法工事による校舎倒壊の犠牲となった児童たち5000人以上の死について独自調査を始め、それらを公にしようとしない中国政府との対立を深めていったのだ。
中国政府からの圧力が厳しくなっていったちょうどその頃、2008年から約2年半にわたりアイ・ウェイウェイに密着したドキュメンタリー映画『アイ・ウェイウェイは謝らない』が現在公開中だ。2011年に突如身柄を政府に拘束され、81日後に釈放されるまでを映像は捉える。
本作が映し出すアイ・ウェイウェイは、Twitterをはじめインターネットを巧みに利用し、流暢な英語を駆使して海外メディアの取材に積極的に応じる。中国のほかの社会運動家と比べて彼が特殊なのは、こうして自身のおかれた状況、中国政府の弾圧の模様をどんどん外へ発信しているところだ。アイ・ウェイウェイはなぜ、祖国で自らを危うい立場に追い込んでいくのか?カメラの前で彼は、政府への反抗の理由を「危険を感じているから」だと吐露する。恐ろしい。だからこそ行動し、発信し、世界の注目を集めることでアイ・ウェイウェイは身を守る。
外国人がうかがい知ることは難しいが、反政府的な言動をする者への中国政府の弾圧は、本当に理不尽で残酷なものだと聞く。本人だけでなく、家族や友人、関わった周囲の人間にも危害が及ぶ。ドキュメンタリーの製作もしかり。本作で長編映画デビューを果たした米国出身のアリソン・クレイマン監督は、複雑なリスクを含んだ本作の製作にどう向き合ったのか?来日した御本人にお話をうかがった。
-大学を卒業してすぐ北京に行かれていますね。中国に行こうと思ったきっかけは?
中国に家族のいる友達が大学にいたんです。特に理由があったというより、冒険がしてみたかった。場所はどこでもよかったんです。中国に残ったのは、それが“中国”だったから。エネルギッシュだし、中国語を習うのも楽しかった。それに、ドキュメンタリーのフィルムメーカーになるという目標を叶えるためには最高の場所でしたから。現地の言葉を習って、何かを世の中に伝えることがこの国でなら可能だと思いました。-アイ・ウェイウェイと出会ったいきさつを教えてください。
中国に行って2年が過ぎた2008年、当時のルームメイトがアイ・ウェイウェイの写真展のキュレーションをやっていて、その写真展のビデオ制作を頼まれたのがきっかけです。私がカメラを持ち、彼は被写体という関係が、最初からずっと続いているというわけです。一番最初に作ったその作品を彼が好きだといってくれたので、「じゃあ、また撮るわ」という感じで年中撮影するようになりました。「これ、ドキュメンタリー作ってるんだよね」と両者合意ができていったのは、撮り始めてから9ヶ月くらい経った頃ですね。
-撮り始めたときから既に、中国の人権問題や政府による活動家の弾圧についてご興味があったのですか?
知ってはいたのですが、2年間中国に住んでいても、そういう会話ってあまりしたことがなかったんです。中国政府の弾圧などについて、非常に大胆に、率直に語ってくれる最初に出会った人物がアイ・ウェイウェイで、それがまた私の彼に対する興味をそそりました。
この映画をシアトルで上映したとき、16歳まで成都に住んでいたという中国人の男子学生が私のところにやって来て、「自由がないなんて思ったことは全然なかった。アイ・ウェイウェイって本当に人々の代弁をしているのだろうか?」と疑問をぶつけてきました。私は、「自分が経験していることが必ずしも全てではない。例えばアメリカにも色んな不正がある。私は直接的に危害を受けてはいないけど、不正があるということは認識している」と答えました。
-私も暫く中国に住んでいたのですが、比較的海外事情もよく知っている北京の人と言論の自由の話題になった時に、「国内がめちゃくちゃになるから言論統制には賛成」と言われたことがあります。その方は文化大革命で苦労されたこともある人だったので意外でした。額面通りには受け取れない言葉かもしれませんが、外国人がちょっとのぞくくらいでは分からない部分があるのだと感じました。
確かに、私が映像で伝えていることも、必ずしも中国のマジョリティの意見だとは思わないんです。中国の庶民の多くが言論統制されている現状を受け入れていたとしても、私がこの映画で見せたかったのは、一部のお金持ちアーティストが「そうじゃない」と反対しているって話ではない。外国人だけではなく、若者、人権弁護士、アーティスト、活動家・・・中国人でも色んな人がアイ・ウェイウェイをサポートしているということ。私のドキュメンタリーは、中国には色々な顔があり、色々な人がいるという多様性を見せていると思います。
アイ・ウェイウェイが訴えている問題は、実際に自分に影響が及ぶまで感じない類のものかもしれません。彼が言っているのはそんなにラジカルなものではなく、個人の生活をもっと尊重しようということなのです。
-自身に影響が及ぶまで分からない問題とおっしゃいましたが、監督もこのドキュメンタリーを作るに当たり、身の危険を感じたことはないですか?
一番心配していたのは、私がこういう活動をしていることで、アイ・ウェイウェイやまわりの人達、或いは中国の一般市民に危険が及ぶのではということでした。私はジャーナリストビザを持っていたので、ジャーナリスティックな活動をすることが法律的に守られていましたが、まわりの中国の人たちの方が危ない立場にありましたから。撮影しているところを止められるなんてことは、中国に限らずジャーナリストであれば起こることなので危険とは感じません。ただ、アイ・ウェイウェイが監禁されたときは、これから一体何が起こるのか分からないし、確かに大変でしたね。
-アイ・ウェイウェイの母親・高瑛(ガオ・イン)さん、弟の艾丹(アイ・ダン)さんもインタビューに答えていましたね。ドキュメンタリー映画として世に出るということに、気持ちよく同意してくださいましたか?
はい。でもガオ・インさんについてはアイ・ウェイウェイが懸命に守ろうとしていて、ほかのジャーナリストがインタビューを申し入れても断られているのを見ていたので、最初はダメかなと思っていたんです。でも、私はアイ・ウェイウェイのまわりでいつも撮影していたので、たまたまガオ・インさんが来られたときに質問をしたら、喜んで答えてくださった。いつも傍らにいたことが実を結んだのだと思いました。
-アイ・ウェイウェイの所にはどのくらいの頻度で通ったのですか?
毎日通った週もあれば、2~3日の時もありました。旅行に同行したときはもちろん毎日でしたけど。訪ねるとすれば朝行くんです。彼は午後息子と一緒に過ごすことが多いので、オフィスに入るとしたら朝が多かったですね。そうしてある日、アイ・ウェイウェイが「年中来てるんだから、カメラを置いとけば」と言ってくれて、その時からアポなしで訪ねるようになりました。実は(このインタビューを行った時点で)来週アイ・ウェイウェイに会いに行くのですが、いつもの感じでアポなしで行こうと思います(笑)。
-アイ・ウェイウェイはこの映画を観たのですか?なんとおっしゃっていました?
この作品の撮影にあたっては、公開前に彼に観せるという同意があったんです。完成作を観たアイ・ウェイウェイが、「自分がここ数年やってきたことを正確に描写してくれた。編集やリズムがすごく良い」と感心してくれたので、ほっとしましたね。今はどう思っているのか分かりませんが、今年の3月に彼に会った時点では、「この映画によって、表現の自由、個人の声がより多くの人たちに届いた。特にこの1年半のインパクトは凄かった」と言ってくれました。
―この映画が世界で反響を呼んだことで、監督の中国ビザ申請が難しくなったりというようなことはなかったですか?
幸運なことに、今年ビザは取れました。既に1回行きましたし、来週も行こうと思っています。でも、最初この映画が公開された時はまだ監禁・保釈後のアイ・ウェイウェイを取り巻く問題も片付いていなかったし(本作は2012年1月サンダンス映画祭でワールド・プレミア)、映画がどんどん大きくなっていったということもあって、昨年1年間は訪中を控えていました。
中国本土でこの映画はもちろん公式には公開できませんし、香港やシンガポールでも配給は難しいのですが、日本や台湾で公開することができて喜んでいます。
―アイ・ウェイウェイは現在も軟禁状態にありながら、Twitter(@aiww)で発信し続けています。監督からご覧になった彼の魅力とは?
まず、肉体的な存在感が目をひきますよね。あと、どんなことにもユーモアを持って切り返すことができ、どんなメディアにも対応できるということ。なるべく多くの人に声を届けるためには、ユーモアを持って臨むことが一番だと分かっていて、若者や、政治に関心のない人にもリーチできるという素晴らしさがあると思います。アート、政治力、テクノロジー、ユーモア。色んな武器を持っている人です。
―これからもアイ・ウェイウェイを撮り続けたいと思いますか?
今のところ、すぐにというプランはないです。この映画で色々な部分をカバーできたと思いますし、少し時間を置いてみたいですね。また、観てくださった方にとっても、これからアイ・ウェイウェイを知る時間が必要だと思います。もちろん、私の人生にとって、アイ・ウェイウェイは重要な位置を占めているし、これからもずっと注目はしていくと思うんです。でも、私はまだ新進の映像作家として、自分の範囲を広げていきたい。でもまあ、分かりません。何年か後にまた撮っているかもしれませんね。
Profile
Alison Klayman
米フィラデルフィアに育つ。2006年ブラウン大学で歴史学の文学士号を取得。卒業後、2006~2011年にかけて中国で暮らし、その間、PBS FRONTLINEやナショナル・リパブリック・ラジオ、AP通信等のラジオやテレビ番組の特集を制作する。長編ドキュメンタリー映画デビューとなる本作『アイ・ウェイウェイは謝らない』が2012年のサンダンス映画祭で審査員特別賞/挑戦の精神賞を受賞。2011年春に中国当局がアイ・ウェイウェイを拘束した際には、様々なメディアに大量露出し、アイ・ウェイウェイや彼の作品について語った。北京語とヘブライ語を話す。
<後記>
実際お会いしたクレイマン監督は、社会運動家としてのアイ・ウェイウェイに過度に傾倒するわけでもなく、非常にドライな考え方ができる女性という印象。だからこそ、90分という尺のなかで、効果的にアイ・ウェイウェイという人物を印象付けることに成功しているのではないだろうか。
アイ・ウェイウェイは、チャン・イーモウやチェン・カイコーの同期として映画の名門・北京電影学院で学んでおり、これまで数十本のドキュメンタリー作品を制作してネットにアップしている映像作家でもある。自らもドキュメンタリーを撮る戦う芸術家と、ジャーナリストとしての成功という志に燃える若い映像作家。『アイ・ウェイウェイは謝らない』は、良い意味で2人が互いを利用し合った野心作であると同時に、“師弟”による共同制作の温かさも感じる快作だ。
▼作品情報▼
アイ・ウェイウェイは謝らない
原題:Ai Weiwei:Never Sorry
監督・撮影・共同編集:アリソン・クレイマン
製作:ユナイテッド・エクスプレッション・メディア
製作協力:ミューズ・フィルム&テレビジョン
出演:アイ・ウェイウェイ ほか彼に関わる様々な人々
配給:キノフィルムズ
2012年/アメリカ/91分
(c)2012 Never Sorry, LLC. All Rights Reserved
公式HP http://www.aww-ayamaranai.com/
11月30日(土)よりシアター・イメージフォーラムほかにて全国公開