『おじいちゃんの里帰り』ヤセミン・サムデレリ監督インタビュー:トルコ系の観客には“やっと普通の家庭を描いた映画ができた”と喜ばれました

 一段と寒さ厳しくなるこの時季、ドイツから心がぽかぽか温かくなる映画『おじちゃんの里帰り』がやって来る。
 1960年代半ばにドイツに移り住み、がむしゃらに働いてきたトルコ系移民フセインが主人公。ドイツでの生活も半世紀近くになり、いまや孫もいる大家族のおじいちゃんだ。そんなフセインがある日突然、「故郷に家を買ったから、皆でトルコに行ってみよう!」と言い出す。それぞれ悩みや問題を抱える家族は、気乗り薄だが渋々おじいちゃんに従って出発。半世紀ぶりの里帰りを決意したフセインの想いとは…?
 ドイツに暮らすトルコ系移民と聞くと、深刻な社会問題を引き起こす元凶のような扱いで報じられることが多いが、当然のことながら彼らにも、酸いも甘いもみな一緒に、慣れない異国で積み上げた愛おしい人生と大切な日常がある。この作品は、移民一世、二世、三世の大家族がそれぞれ直面するアクシデントをユーモアたっぷりに活き活きと描き、ドイツで大ヒットを記録した。
 監督を務めたヤセミン・セムデレリ監督は、妹のネスリンさんと二人三脚で脚本も手がけた。女性ならではの柔軟さと懐の深さを感じるストーリー展開と、可愛らしいビジュアルは要注目。プロモーションのため来日したセムデレリ監督にお話をうかがった。


-『おじいちゃんの里帰り』は、ドイツで約7ヵ月ものロングランとなり、大ヒットを記録したとうかがっています。ドイツ人の観客、移民の背景を持つ観客で、反応は異なりましたか?

 ドイツ人も、移民の背景を持つ人たちも、みなさんこの映画を好きだと言ってくれました。でも、その「好き」の意味は少し違うものだったと思います。
 ドイツ人は、初めてトルコ人側から見た当時のドイツを知ることができて、とても面白かったと言ってくれました。例えば、トルコ人にとって、キリスト教という宗教がどう見えたのかということですね
 一方、移民の背景を持つ、ドイツに住んでいるトルコ人から言われたのは、これまでもドイツのトルコ系移民をテーマにした映画はたくさんあったけれども、やっと“普通の”トルコ人家庭を描いた映画が出来てよかったということ。上手くドイツの社会に馴染んで幸せに暮らしているごく普通の家庭を取り上げてくれてよかったと言ってもらいました。

―これまではトルコ系移民の辛い側面ばかり扱った作品が多かったんですね。

 16歳ぐらいのときに、私と同じ名前の“Yasemin”(88)というトルコ映画があったんです。ドイツ人に恋をしたトルコ人の女の子が、父親に反対されて逃げなければならないという哀しいラブストーリーだったんですけど、友達がみんなトルコ人社会では全員が同じような目に遭うと思ってしまって、「大丈夫?」と心配してきたんです。「うちの父親は全然そんなことない」と言っても、みんな「本当は大変なんでしょう?」とステレオタイプ的な見方をしてくることに傷つきました。“名誉殺人(※)”なんて少なくとも私のまわりにはないし、みんなと同じように普通の生活を送っている。トルコ人家庭の父親がみな暴力的ではないし、兄がみな妹のボーイフレンドを反対するわけではないと訴えたかったんです。
(※)婚外性交渉を行った女性や疑われた女性などを、「家の名誉を汚した」と家族が殺害すること。

―我々日本人は字幕で拝見するのではっきりと分からないのですが、言語の使い分けが重要な意味を持っているように見えました。世代ごとに少しずつ違うんですね。

 言葉に関しては、なるべく現実に則した説得力のある形にすることを心がけました。三世となる6歳の孫チェンクはほとんどトルコ語が話せません。その父親であるアリも、ドイツに来てから生まれているので、実はそんなにトルコ語が上手くない。でも、アリは息子の前で自分がさもトルコ語が出来るという風にしゃべっているんだけど、トルコ語の分かる人が聞くと、それが決して上手じゃないと分かってしまう。家族の中でも、それぞれトルコ語レベルが違うわけです。移民一世のフセインと妻ファトマはもちろん、お互いにトルコ語を話しています。この映画の制作にあたり、「ドイツで公開するんだから、フセインとファトマにドイツ語をしゃべらせた方がいい」という意見もあったのですが、それでは完全にリアルではなくなってしまうので、絶対反対でした。2人はトルコで生まれ、トルコで学校に行ったんですから、彼ら夫婦が話すときはトルコ語が当たり前です。

―家族の間で言葉が違うという感覚は日本人には馴染みがない状況ですね。監督ご自身の家族はいかがでしたか?

 私の家庭でも、映画でもあったように、子供が親のために通訳をするということが実際にありました。子供はやっぱり言葉を覚えるのが早いので、ドイツの学校に行き始めると、すぐドイツ語が上手くなります。フセインや私の祖父たちの世代はトルコから労働力として“呼ばれて”来たので、語学学校に通うこともなく、ドイツに着いた次の日から仕事をもらい、30年、40年と働いてきたんです。だから私は、移民一世の人たちに対し、「何十年も住んでいるのにドイツ語が下手だ」と言うのはとてもアンフェアだと思っています。

―この映画では、フセインが故郷に家を買いますが、実際そういう方は多いのですか?

 フセインやファトマの世代はとてもトルコとの結びつきが強く、アイデンティティの源はやはりトルコなので、完全に帰らないまでも、家を買って、定年退職後に半年ずつなど行き来する人はたくさんいます。私の祖父もイスタンブールにアパートを持っていて、よく行き来していました。もう亡くなりましたけど。祖父は、移民三世の私がドイツ生まれで、ドイツで育っているということが、いまひとつピンときていないみたいで、「お前、トルコ人だろう?」というような言い方をするんです。私にとっては、トルコを“実体験”していないので違うんですけど、やはり一世と、二世、三世の間にはすごく隔たりのある部分だと思います。
 子供の頃、私がトルコに行ったのは5~6回だけですね。もっとたくさん行っておけばよかったと思います。でも当時は格安航空券なんてなかったので車で帰ろうとすると2日半くらいかかりますし、経済的にも大変だったですから。

―トルコ系ドイツ人の映画監督というと、監督と同い年のファティ・アキン監督(『そして、私たちは愛に帰る』『ソウル・キッチン』など)も世界的に評価され、日本でも紹介されています。彼の作品を通してもドイツとトルコ、2つの文化を背景にした人々の葛藤や人間関係をうかがい知ることができました。監督は映像に携わる立場として、映画などのエンターテインメント作品が民族間の相互理解の一助になればという価値も感じて制作に当たってらっしゃいますか?

クリエイティブな作業をしている人はみな、一次的にはとにかく「良いものを作ろう」という気持ちで活動していると思うので、それをもって「こんなことがしたい」と大きな目標を抱えることについては、私は慎重です。結果として、観客が何か感じてくださるのはもちろん歓迎ですし、私の映画が色んな国で観ていただけて、色々な受け止め方をしてもらえるのは素晴らしいことだと思っています。でも、やはり私は、何かストーリーを語りたいという想いから映画を作っていますね。

―次回作のご予定は?

 台本に取り組んでいるフィクションがあるんですけれども、それはまだお話できる段階ではないんです。あともう1本、ドキュメンタリーに着手しています。何十年も連れ添った夫婦をテーマにした作品です。よく知らない男女が結婚して、夫婦として50年、60年も連れ添うというのが一体どういうことなのか?色んな文化、色んな国で、そうして始まった夫婦が男と女としてどうやって向き合ってきたのか?というドキュメンタリーです。日本でもかつてそうだったと思いますけど、トルコでも昔は性的なことがタブーだったので、何も知らないで結婚した人もたくさんいたと思うんです。そこから、本当の意味で初夜を迎えた人がきっとたくさんいたわけで、どうやってそういう関係になるんだろう?って、すごく面白いと思いません(笑)? 日本のお見合いというシステムも面白い。できたら日本でも取材して、日本人カップルについても取り上げてみたいですね。


Profile of Yasemin Samderi
1973年、ドイツ出身。ミュンヘンの映画テレビ学校で学び、卒業制作映画“KISMET”(00)が様々な映画祭で上映され、注目を集める。94年から助監督や脚本家としてキャリアを積むほか、役者としても活動。本作が長編映画監督デビューとなる。





▼作品情報▼
おじいちゃんの里帰り
原題:Almanya-Willkommen in Deutschland
監督:ヤセミン・サムデレリ
脚本:ヤセミン&ネスリン・サムデレリ
出演:ヴェダット・エリンチン、ラファエル・コスーリス
配給:パンドラ 宣伝協力:エスパース・サロウ
2011年/ドイツ映画/101分
(C)2011 – Concorde Films

公式HP:http://ojii-chan.com/

11月30日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

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