【TIFF】マイ・オンリー・サンシャイン(アジアの風部門)

孤独な少女の心の世界

(第23回東京国際映画祭・アジアの風部門~レハ・エルデム監督全集) 

この映画の舞台はイスタンブール、ボスフォラス海峡。私たちが普段テレビなどで見かける風景とは全く異なる別の顔が見えてくるのが興味深い。主人公の少女ハヤットは、海峡を行きかう巨大な貨物船の間をぬい、父親の操縦する小さなボートに乗って、毎日学校に通う。小舟は大きな波に洗われ激しく上下し、誠に心もとない。

貨物船にとっては、小さな海峡に過ぎないこの海も、この小舟にとっては、広い世界。もし、大きな船が進むその横波に揺らされ、小舟が転覆したとしても、おそらくこのちっぽけな存在に誰も気がつくことはあるまい。貧しい彼ら自身もそんな存在なのだ。少女の置かれた場所の頼りなさ、その孤独感が良く出ている。監督は語る。「イスタンブールには、東京よりもたくさんの人が住んでいます。一旦街を離れてボートで海に出てみると、自分が孤独な存在であることに気がつくのです」これがこの作品の発想の原点になっている。

ボスフォラス海峡からほんの少し陸地に入った小さな河口のへりに、へばりつくように建っている掘立小屋。それが、少女の暮らす家だ。肺病を患う祖父が同居していて、家の中にいると、いつもゼエゼエいう祖父の喘ぎ声が聴こえてくる。彼女の父親は、毎日海に出かけていくのだが、大型貨物船の船員相手に、主に売春婦の斡旋をやって稼いでいるようだ。貨物船の腹にへばりつくようにボートを寄せていく様は、まるで鯨の歯を掃除するため、まとわりついている小魚のようである。また、父親は観光客相手にも売春婦の斡旋をやっていて、客を家に呼び込むときは、少女は家を空けさせられるのだ。

家に帰ればそんな家庭環境、学校に行けば苛められ、離婚し今は別の家庭を持っている母親の家に行けば、邪魔者扱いされる少女には、自分の居る場所がない。そんな少女の苦悩、孤独な心の内が、さまざまな音で表現されているところが、この映画の面白いところである。イスタンブールに轟く雷鳴の音、極端にカリカチャライズされた飛行機の爆音、遠くで割れるガラスの音、猫の喧嘩の音、少女の心の不安定さ、息苦しさがこちらに伝わってくる。少女がいつも鼻歌を歌っているのも印象に残る。鼻歌が出るのは機嫌がいいときではない。学校の先生に叱られたとき、母親に邪険にされたとき、家を出て行くように父親に言われた時。少女は不満を口に出す代わりに、いつも鼻歌を歌う。それが彼女に残された唯一の逃避行でもあるかのように。

英語の題名「マイ・オンリー・サンシャイン」は、♪ユアー・マイ・サンシャイン、マイ・オンリー・サンシャインという曲からきている。これは、父親が少女に持って帰った、アメリカ人の船員からせしめたと思われる、音の出る縫いぐるみが歌う曲。ケラケラ笑って、歌を歌って、最後にアイ・ラヴ・ユーとしゃべるこの人形が少女の友だち。誰からも愛されていない少女、ちっとも幸せではない少女に人形がいくら「アイ・ラヴ・ユー」と言っても空しいだけである。これを繰り返し、繰り返し少女が聴いているのが、とても悲しい。

昨年、東京国際映画祭サクラグランプリに輝いた『イースタン・プレイ(公開時題名ソフィアの夜明け)』は、奇しくも明るく晴れ渡ったこのボスフォラス海峡が主人公の救いとして提示されていた。外国人の目には、風光明美でエキゾチックな街といったイメージのこの都市の片隅に、こんな孤独が隠されている。おそらく、海に開かれた豊かな都市だからこそ、余計に身にしみる孤独。そんなものを抱えた人々が片隅にひっそりと暮らしている。当たり前のことだけれども、そんな事実に衝撃を受けた。

おススメ度:★★★★☆

Text by藤澤貞彦

原題:HAYAT  VAR
監督:レハ・エルデム
脚本:レハ・エルデム
制作:2008年/トルコ/121分
出演:エリット・イシジャン、エルダル・ベシッキチオウル

公式サイト:第23回東京国際映画祭公式サイト

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