ばしゃ馬さんとビッグマウス

痛く、せつなく、清々しい“人生の決着”

 「夢は叶う」。若いときにはまっすぐに信じられたこの言葉を、ある日ふと「もしかしたら、叶う人と叶わない人がいるのでは」と疑い、やがて「自分はおそらく叶わないほうの人である」ことに気づいて、愕然とする。ひとたび抱いてしまった夢は、諦めるのもやっかいだ。積み重ねてきたもろもろに、どこで、どうやって決着をつけるのか…『ばしゃ馬さんとビッグマウス』は、多くの人が向き合うことになるこの厳しい現実を、ユーモラスに、温かく描いている。

 学生時代からシナリオライターを夢見てひたすら書き続けてきたものの、コンクールの1次審査に残ったことすらない“ばしゃ馬さん”馬淵みち代(麻生久美子)。業界へのパイプ作りになればとふたたび通い始めたシナリオスクールで、言うことばかり大きいくせに実は1作も書いたことがない“ビッグマウス”天童義美(安田章大)と出会う。馬淵にひと目惚れしてやたらちょっかいをかけてくるウザい天童と、それに辟易する馬淵のやりとり。登場人物たちの自然な会話が楽しく、日常の風景、ことにゼミや飲み会の描写はシナリオスクール経験者が悶絶する“あるある”ネタの連発で、笑いが尽きない。

しかし、今度こそは!と気負う馬淵に、試練は続く。プロと名乗れないもどかしさ、追い抜かれる悔しさ、恥ずかしさ。取材のために訪れた老人介護施設での失敗に落ち込み、あらためて自分自身と向き合った彼女は、いよいよ自分の夢に期限を設けるときが来たことを感じとり、少しずつ変わり始める…。

麻生久美子は、ちょっと残念な女をリアルに演じながらも、透明感を失わない。裾のすり切れたパーカーを羽織ってあくびする徹夜明けのけだるい姿も、髪をゴムで束ねるだけの仕草も、ハッとするくらい美しい。そして安田章大の、すこし舌足らずでまろい関西弁と豊かな表情、小動物のような佇まいが、ふてぶてしいはずの毒舌男を愛らしく見せる。心の壁をとりはらった馬淵と、虚勢を張ることから開放された天童の距離がだんだん近づいていく過程はとてもスイートだが、その関係は、恋愛の生々しさに陥ることはない。真夜中の電話や、一度だけ繋がれる手と手、二人が並ぶ川岸を吹き抜ける風…どの場面にも、麻生と安田という組み合わせだからこそ生まれたと思われる、清々しいせつなさがあった。

 映画監督を目指しながら十年間まったく芽が出なかった、という自身の経験を元に本作を作った、吉田恵輔監督。たとえ結果が出なくても、大切なのは、そこに至るまでの道のり。そして、決着をつけたはずの夢をたまには思い出し、悔やむことがあってもいい。すべての“届かない夢に手を伸ばしてもがく人”にそう教えてくれる、繊細で優しい作品を送り出してくれたことに、感謝したい。

音楽も印象的だったことを追記。かみむら周平による柔らかいピアノの旋律は、ゆったりと、ときに疾走感を持って、物語と観客の歩調を合わせる。もうひとつ、カラオケルームの場面で天童が馬淵に捧げる「天童義美のラブソング」は「関ジャニ∞」のギタリストである安田本人の作曲で、ギターと歌声の軽やかさに加え、思いがけない方向にくるんとカールするようなメロディーラインがなんともチャーミングだ。馬淵の笑顔、天童の親友・亀田(清水優)の絶妙なツッコミとともに、必聴、必見!

text by 北青山レオ

profile of Leo Kita-aoyama
ライター・イラストレーター。映画全般、ミュージカルを中心とする舞台作品について「FLIX」(ビジネス社)などへ執筆。音楽ユニット「マリマリズ」としても活動中。
https://twitter.com/leon_bleu

▼『ばしゃ馬さんとビッグマウス』作品情報▼
監督:吉田恵輔
脚本:吉田恵輔 仁志原了
音楽:かみむら周平
出演:麻生久美子 安田章大 岡田義徳 山田真歩 清水優 秋野暢子 松金よね子 井上順 ほか
配給:東映
(C)2013「ばしゃ馬さんとビッグマウス」製作委員会
2013年11月2日(土)より全国にて公開中
公式サイト:http://www.bashauma-movie.jp/index.html