ふたりのアトリエ~ある彫刻家とモデル

人生、それは移ろいゆく儚さと永遠への夢

elartistaylamodelo11943年フランス。スペインとの国境近くの村。老彫刻家クロスは、引退同然の生活をしている。アトリエには埃がたかり、鳥の住処になってさえいた。森や丘を歩き、カフェでコーヒーを飲むだけの日々とはいえ、彼の目は自然が織りなす美に向けられる時、輝いている。彫刻家を演じるジャン・ロシュフォールが素晴らしい。頑固で優しく、繊細でいながら大胆な行動もとる。はまり役である。ある日、老彫刻家クロスの最大の理解者である妻(クラウディア・カルディナーレ)が、彫刻のモデルを家に連れてくる。フランコ政権下のスペイン、カタルーニャ地方から逃れてきた若い娘メルセ(アイーダ・フォルチ)である。他人の家の玄関前で寝ころぶさまに、最初は呆れるばかりだったのが、泉で足を洗う美しい姿にピンと来たのである。これは夫のモデルとしていいかもしれないと。妻は自分に似たところがあると感じていたかもしれない。実際、彼女の野性的な笑い方や、伸び伸びとした自由な空気は、若き日のクラウディア・カルディナーレを彷彿させるところがある。老彫刻家は、作品制作の情熱を取り戻す。

老彫刻家クロスは、移ろいゆく光を捉えたいと言う。『マルメロの陽光』の画家アントニオ・ロペス=ガルシアも同じことを言っていたことを思い出す。クロスの敬愛する画家はレンブラント。彼がメルセにするレンブラントの素描の解説が素晴らしい。今歩きだそうとしている幼子を見守る姉、母、家族の光景、その一瞬の中にそれぞれの愛、人生が閉じ込められていることへの賛美、そこに彼の人生観が垣間見られる。彼は人生をとても愛していて、それが永遠ではないこと、人生がもう終わりに近づいている事を感じている。それゆえに作品を製作することで、人生の一瞬、その美を永遠の時の中に閉じ込めたいと考えているのである。それは信仰に近いものだ。

時代は第二次大戦の末期。この田舎町には、戦禍は見当たらない。けれども死のにおいが、老彫刻家クロスのアトリエの中にも忍び込んでくる。彼を訪ねてきたのは、戦時中ゆえ、年齢に関係なくいずれも明日をも知れぬ命の人々である。そんな時代だからこそ、命の美しさがより輝いて見えるのだ。その美しさを象徴しているのが、モデルの肉体である。その彼女の美しい身体でさえ、山の中を歩いたことで日々傷つき、その肌に刻々と時を刻みつけている。

窓の外で「裸の女がいる」と言って騒いでいる子供たち、窓際で光をいっぱいに浴びて白く輝くモデルのメルセ(実は足に擦り傷がたくさん出来ている)、彼女の分身である真っ白な粘土の像、そしてそれをこねる老彫刻家クロスの皺しわの手が直線状に並ぶ。人生の時間の流れが、同じ空間に収められているようにも見える。また、彼が子供たちを脅かして無邪気に喜んでいるさまや、メルセに突然女を感じてしまうさまを見ていると、老人の中にも、少年や青年が存在していることがわかる。人生におけるそれぞれの時間が一瞬の間に溢れだしてきている。そういう意味では、アリスティド・マイヨールの「地中海」にインスパイアされたというこの映画自体が、その彫刻作品が目指していたことと同質なのである。映画こそまさに、現実からエッセンスを切り取り、美化し、永遠に時を停めておくことかができる芸術なのである。観ているうちに人生が愛しくなってくるような作品だ。


▼ 作品データ
原題:El artista y la modelo
監督:フェルナンド・トルエバ
脚本: ジャン=クロード・カリエール
フェルナンド・トルエバ
撮影 :ダニエル・ビラール
出演:ジャン・ロシュフォール、クラウディア・カルディナーレ、アイーダ・フォルチ
制作:2012年/スペイン/105分
配給:アルシネテラン
公式サイト:http://www.alcine-terran.com/Atorie/
(c)2012 Fernando Trueba PC., All rights reserved
※2013年11月16日よりル・シネマ他全国順次公開!

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