武士の献立

思いやりにあふれた料理がつなぐ、人の心と心

(第26回東京国際映画祭 特別招待作品)

 優れた味覚と料理の腕前を見込まれて江戸からやってきたバツイチの姉さん女房と、次男気質の抜けない落ちこぼれの包丁侍。藩を揺るがす騒動に巻き込まれた一家の運命は、そして、すれ違い夫婦の心の行方は…。

 包丁侍とは、将軍家や大名屋敷で働く料理人たちのこと。日々の食材選びや献立づくりから、諸国大名をもてなす豪勢な饗応料理まで、刀を包丁に持ち替えて主君に仕える武士たちのことを、当時、親しみを込めて“包丁侍”と呼んだのだそうだ。『武士の献立』の舞台となる舟木家は、江戸時代の加賀藩に実在し、加賀料理の献立集「料理無言抄」を残した、由緒ある包丁侍の家である。

 加賀前田家の江戸屋敷で、側室・お貞の方の女中として仕える春(上戸彩)は、一度は嫁に出たものの、気性の強さが仇となり離縁された“出戻り”である。その春が、料理方の舟木伝内(西田敏行)に「ぜひ、我が家の頼りない跡取り息子を叩き直してやってくれ」と口説き落とされ、ふたたびの嫁入りを決意する。女の足で何日も歩いてようやく辿り着いた嫁ぎ先。姑の満(余貴美子)も実の娘のように可愛がってくれるのだが、問題は夫の安信(高良健吾)だった。包丁侍としてのセンスや技術がない上に、結婚も「気乗りはしないが、しかたなく」という態度。ことあるごとに二人はぶつかる。料理の腕前では到底太刀打ちできない年上女房を、安信は悔し紛れに“古狸”と呼んでうっぷんを晴らす。そんなことには取り合わず、夫の包丁力を上げるためにひたすらスパルタ教育を施す春。二人のやりとりは、明るくユーモラスだ。

 しかし、笑いのうちにやがて気づかされるのが、二人がそれぞれに隠し持った心の痛みである。
幼いころから剣術に長けていた安信は、通いつめた道場のひとり娘と慕い合い、婿入りするはずだった。しかし、優れた包丁侍だった兄が突然亡くなったことで、愛する身内だけでなく、夢も恋もまるごと失ってしまう。残された息子として家を支えたい。でもその家業と、自分が思い描いてきた侍像との間には、大きなギャップがある。安信は新しい人生を受け入れられないまま立ち尽くし、春の人間的な魅力に気づいていながら心を開くことも出来ない。彼が“侍”としての二者択一を迫られるとき、その目には、極限まで追い詰められた若者の鬼気迫る焦燥感が宿っていた。
一方、清々しい明るさを持つ春も、幼くして両親を亡くしてから、心の奥底にずっと孤独を抱えてきた。母代わりと思って慕ってきたお貞の方=真如院(夏川結衣)までお家騒動に巻き込まれ、幽閉されてしまう(歌舞伎の演目でも有名な“加賀騒動”のくだりである)。彼女の身を案じて訪ねて行った春が「夫はとても優しい人です」と言ったとき、その寂しげな表情から、真如院は、春が安信との間にある壁に苦しんでいることをくみとり、ふと、そばにあったゆべしを手に取る。柚子の実をくり抜き、中に詰め物をして、藁や紙などに包んで長いこと干して作る保存食、ゆべし。晴れた日の太陽や冬の冷たい風、さまざまな季節を経て熟していくゆべしに例えて「おまえたち夫婦も、そうなっていけたらいい」と微笑む真如院の“母”としての柔らかな愛情が、心にしみた。

 少女のころの春が、小さな手にあまるような大きな包丁で丁寧にしょうがを刻み、炎に息を吹き込みながら粥を炊いた静かな土間。大勢の男たちが生き生きと立ちまわる、戦場のような大名家の台所。饗応の宴で、刀侍としての誇りを纏った安信が披露する「包丁式」。さまざまな表情で描かれるどの台所も、手間と時間をかけることの美しさに満ちている。食事を待つ人を思いやること、素材のひとつひとつを深く知ること、たとえば行商の野菜売りが自分に背中を向けるまで見送るような日常の所作の慎ましさ…美味しい料理にはきっと、そういったひとつひとつが隠し味としてしみこんでいるのだ。

 人々が、今よりもっと多くの「自分の思うようにはならないこと」と直面しながら生きた時代。春や安信の、不器用だが少しずつ、ひとつずつ前に進んでいく生き方を通して、与えられた役割に誠実に向き合うこと、家族を、友を慈しむことの大切さを『武士の献立』は教えてくれる。敵役ともいえる土佐守(鹿賀丈史)が舟木家の饗応の心に打たれ、ほんのひととき気持ちの紐を緩めて弱音を吐く場面。窓から射し込む夕日の深い色に、心を尽くして“もてなす”ことで開く扉もあるのかもしれない、そんな希望も感じた。

text by 北青山レオ

profile of Leo Kita-aoyama
ライター・イラストレーター。映画全般、ミュージカルを中心とする舞台作品について「FLIX」(ビジネス社)などへ執筆。音楽ユニット「マリマリズ」としても活動中。
https://twitter.com/leon_bleu

▼『武士の献立』作品情報▼
監督:朝原雄三
脚本:柏田道夫 山室有紀子 朝原雄三
出演:上戸彩 高良健吾 余貴美子 西田敏行
夏川結衣 成海璃子 柄本佑 緒形直人 鹿賀丈史
2013年12月14日(土)全国ロードショー
2013年12月07日(土)石川先行ロードショー
企画・配給:松竹株式会社
公式サイト:http://www.bushikon.jp/index.html

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