ルノワール 陽だまりの裸婦
正直に言うと、私はルノワールのファンではない。ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919)。印象派の巨匠、フランスを代表する画家。成功を収め家族にも恵まれ、私の中には幸福な生涯を送った画家、というイメージがあった。なにより、その幸せオーラが彼の絵からは滲み出ている。降り注ぐ日の光に華やかな色彩、ダンスに興じるカップルや水浴する裸婦たち、肖像画に描かれる可愛らしい子ども。しかし、私のようなひねくれた人間からすると「幸せすぎてツマラナイ」と思えてしまうのだ。
ところが、今回この映画を観て、その考えが一変した。50歳を目前にして20近く年下のアリーヌと結婚、3人の男の子に恵まれたが、あろうことか妻に先立たれてしまう。息子たちも第一次世界大戦に駆り出され(ルノワールも普仏戦争に徴兵された過去を持つ)、自身は持病のリューマチで体が麻痺し、歩くことも絵筆を握ることも難しくなった。それでも、手首に筆を括り付けてまでカンバスに向かう。次男であり、のちに映画監督となるジャンからも「もう十分描いただろう」と止められるが聞く耳を持たない。一体、何が彼をそうさせたのか? 最晩年に描かれた作品「浴女たち」(1918-1919)に焦点を当て、長い画家人生の一時期を切り取ることで彼の画家としての生き様を明らかにしたのが、本作である。
ルノワールと言えば裸婦と言うイメージがあるが、実はこのモチーフが多くなったのは彼が妻アリーヌと知り合ってからだと言う。モデルは、妻のほか子どもたちの世話をしていた女性などがいるが、妻に先立たれ失意の底にいたルノワールに再び創作意欲を与えたのは、新しいモデルとしてやってきたアンドレ・エスラン、通称デデだ。「ティツィアーノでさえ賛美するだろう」と、ルノワールはデデを称えた。ティツィアーノは、ルネサンス時期のヴェネツィアで活躍した画家。率直に言って、デデを演じたクリスタ・テレは、ルノワールというよりティツィアーノの絵から抜けてできたような女性だ。ティツィアーノは数多くの裸婦像を手掛けており、特に「ウルビーノのヴィーナス」(1538)はジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」(1510-11頃)とともに後世に大きな影響を与えた。ルノワールの描く女性は何故か皆でっぷりとしているが(実際「腐った肉塊」と評された)、それは彼の理想像なのか、それとも豊満さから匂い立つ「母性」を描きたかったのだろうか。いずれにせよ、ルノワールの最後のモデルとなった若きデデの存在が、彼を死ぬまで「画家」たらしめた。溢れんばかりの生命力。「浴女たち」からは、画家が重い病に罹っていることなど、微塵も感じられない。
「私の絵に暗い色はいらない」。人生は不愉快なことばかり。現実世界にある貧困や戦争、絶望……。それを絵に描く必要はないのだ、とルノワールは語る。苦しみを画布に出すまいとした彼の画家としての矜恃。どう生きるか。どう生きたか。一瞬の日の光を閉じ込めようとしたルノワールのように、この映画もまた、彼の最期の時を色鮮やかに閉じ込めている。
▼作品情報▼
監督:ジル・ブルドス
撮影:マーク・リー・ピンビン
原作:ジャック・ルノワール
出演:ミシェル・ブーケ 、クリスタ・テレ、ヴァンサン・ロティエ、トマ・ドレ、ロマーヌ・ボーランジェ
2012年/仏/111分
配給:クロックワークス、コムストックグループ
(C)2012 FIDELITE FILMS / WILD BUNCH / MARS FILMS / FRANCE 2 CINEMA
公式サイト: http://renoir-movie.net/
2013年10月4日(金)、TOHOシネマズ シャンテほかにて全国順次ロードショー
▼絵画▼
ルノワール『浴女たち』(1918-1919)
オルセー美術館/パリ、フランス
Les baigneuses Pierre-Auguste Renoir
http://www.musee-orsay.fr/fr/collections/oeuvres-commentees/peinture.html?no_cache=1&zoom=1&tx_damzoom_pi1%5BshowUid%5D=2468
ティツィアーノ『ウルビーノのヴィーナス』(1538)
ウフィツィ美術館/イタリア、フィレンツェ
Venere di Urbino Tiziano Vecellio
http://www.uffizi.org/it/opere/venere-di-urbino-di-tiziano/
ジョルジョーネ「眠れるヴィーナス」(1510-11頃)
ドレスデン国立絵画館/ドイツ、ドレスデン
Venere dormiente Giorgione
http://www.salvastyle.info/menu_renaissance/view.cgi?file=giorgione_venere00&picture=%96%B0%82%EA%82%E9%83%94%83B%81%5B%83i%83X&person=%83W%83%87%83%8B%83W%83%87%81%5B%83l&back=giorgione_venere
▼参考文献▼
・「ルノワール」ガブリエレ・クレパルディ著 村上能成訳 昭文社
・「ルノワール その芸術と青春」宮崎克己著 六曜社
・「ザ・ヌード」ケネス・クラーク著 高階秀爾、佐々木英也訳 ちくま学芸文庫