世界一美しい本を作る男-シュタイデルとの旅- 

美しい本作りから見えてくること

シュタイデルメイン 世界で一番美しい本を作る男、ゲルハルト・シュタイデルは、作業所ではいつも白衣をまとい、まるで研究者のようないでたちである。事実「ここは工場ではなくて研究室」と彼は語る。シュタイデル社は、本の企画から編集、装幀、デザイン、印刷、製本、出版まですべての工程を自社で行う。社の中は出版社というよりは、印刷工場のようである。紙を、インクを選び、デザインを考える。紙の手触り、匂いに至るまで徹底的にこだわる。工場に新しい設備を導入し続けるということではなく、既存のものを使い、その中から斬新なものを創り上げていく。その過程は、なるほどそこが研究室と呼ぶのに相応しく見える。元々彼は、デザイナーであり印刷屋からスタートし、出版の仕事はその延長線上にあったのだ。

 また、シュタイデルは、合理的でアグレッシブな営業マンでもある。利益がさほど上がらなくとも価値のある仕事をする一方、ギュンター・グラス(『ブリキの太鼓』)の作品のように、価値もあり利益も上がる仕事をし、経営のバランスを取っている。また、電話よりも会って打ち合わせをするのが一番早いと、飛行機でアーティスト達のアトリエに直接出向く。紙見本や試し刷りをした実物を見せて話をしたほうが、正確にお互いの考えが伝わるからである。ニューヨーク、パリ、カナダ、カタール…文字通り世界を股にかけた旅の過程で、飛行機の席は彼のオフィスに変わる。その仕事ぶりは、紙見本、貴重なヴィンテージプリントや原稿がぎっしりと詰まった彼のスーツケースの中身のように無駄がない。ギュンター・グラス、シャネルのデザイナー、カール・ラガーフェルド、写真家ロバート・フランクなど、彼らとの仕事ぶりはただ観ているだけで楽しい。シュタイデル自身もアーティストであり、共同作業で出来た本は、それ自体が美術品である。

スタンフェルド しかし、本作はそれだけには留まらない。アメリカの写真家ジョエル・スタンフェルドの本「i DUBAI」の製作過程を追ったことが、メッセージ性をより強めている。彼は、全米をキャンピング・カーで廻りアメリカの風景を撮影した「アメリカン・プロスペクツ」で一躍その名を馳せた写真家である。解像度が35mmフィルムの54倍という8×10の大型カメラとカラーフィルムを使用しアメリカの日常を写す。そんな写真を撮っていた彼がiPhoneでドバイを撮ったというところが、すでに皮肉である。物が溢れ、成金趣味の超高層ビルが立ち並ぶ都市、そこを行き交う人々の表情を捉えるには、お手軽なiPhoneこそが相応しいとでも言いたげだ。しかもデジタルで撮った写真を、本作りにこだわるシュタイデル社に持ち込み、さらにはデジタルの画像をわざわざ忠実に紙に再現しようというのだから、この写真集には二重三重のアイロニーがこめられていることになる。

 大量消費社会は人々を幸せにするか。また、そこに真の文化が生まれるか。ジョエル・スタンフェルドの問いかけは、シュタイデルの本作りとも呼応する。「多くの本は量産に向いた判型に内容を当てはめるが、本の内容に合わせて判型を決めるべき」これが彼の信念だ。大量生産の本とシュタイデル社の本の時間のかけ方の違いは、例えて言うなら井戸から水を汲んでくるのと、手をかざせば水が出てくる水道くらいに異なっている。手軽さと引き換えに失うものがあること、一方それに抵抗し物作りをしている人たちがいること。それを呈示することで、本作は人間の幸福の定義を問い直している。



▼『世界一美しい本を作る男-シュタイデルとの旅-』作品情報▼

ラガーフェルド原題:How to Make a Book with Steidl
監督:ゲレオン・ヴェツェル
ヨルグ・アドルフ
出演:ゲルハルト・シュタイデル、ギュンター・グラス
カール・ラガーフェルド
ロバート・フランク
ジョエル・スタンフフェルド
製作年:2010年/88分/ドイツ
配給:テレビマンユニオン
公式サイト:http://steidl-movie.com/top.html
※9月21日(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー!

☆美しい本の見本はこちらから→シュタイデル社公式サイト

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