トゥ・ザ・ワンダー

愛の世界に彷徨う「貴婦人と一角獣」【映画の中のアート #3】

さて、映画の中に登場する美術作品に注目する本コーナー、第3弾は『トゥ・ザ・ワンダー』を取り上げることにしました。って、えらく消極的な物言いですが、これには訳があるのです。

監督は『天国の日々』(1978)『シン・レッド・ライン』(1998)『ツリー・オブ・ライフ』(2011)のテレンス・マリック。寡作で知られる名匠の最新作とあっては、「いざ行かん」と観に行く人も多いでしょう。が、私はこれ、「貴婦人と一角獣」が劇中に登場するとの情報を掴んでいたので、それ目当てに映画館に足を運びました。と言うのも、今年はこの美しいタピスリーが来日しており(フランス国立クリュニー中世美術館所蔵 貴婦人と一角獣展)、まさに自分の目で見たばかりだったからです。こういうタイミングって滅多にないですよね。

筆者が行った展覧会「貴婦人と一角獣展」のチラシより

しかし、実際に映画を鑑賞してみると……美しく抒情的な風景の中に再三繰り返される男女の睦み合いと別離、台詞は少なく、ストーリーを語ることを放棄したかのような突き放され感にちょっと呆然としてしまいました。平たく言えば、あるカップルがパリの名所やアメリカの大草原でイチャイチャして、破局して、男はまた別な女と……。「ただそれだけ」と思えるのですが、果たして「それだけ」なのか、意味を探らねばならないのか、いや、探るべきではないのか? この映画は、そういうライン上にある作品のような気がしました。

でも、よくわからない(と私には思える)映画だからこそ、「貴婦人と一角獣」という美術作品が紐解くカギになるのではないか? と言う思いもあって、今回これを題材にしてみようと考えた次第です。

前置きが長くなりました。「貴婦人と一角獣」は、1500年頃に綴られた6連作のタピスリー(つづれ織り)です。サイズはそれぞれに違いますが、大きいものだと377×473㎝。これらが6つ並んで展示されると、かなり圧倒されます。どれも背景は赤い千花模様(ミルフルール)で、草花や小動物たちによって彩られています。主役はブロンドの貴婦人と白い一角獣、たまに侍女とライオン付き。これら6つのうちの5つは、人間の五感を表現していると解釈されています。

(1)「触覚」(貴婦人が一角獣の角に触れている)
(2)「味覚」(貴婦人の腕にいる小鳥が食べ物をついばんでいる)
(3)「嗅覚」(貴婦人が花冠を編み、花の香りを嗅ぐ猿がいる)
(4)「聴覚」(貴婦人がオルガンを奏でている)
(5)「視覚」(一角獣が貴婦人の持つ鏡に映る自らの姿に見入っている)

では6番目はと言うと、この作品だけに描かれた青い天幕に“MON SEUL DESIR”と文字が記されていることから、そのまま「我が唯一の望み」と言う名前が付けられています。貴婦人が宝石を身に着けようとする、あるいは宝石箱に戻そうとする?場面。これがなぜ「唯一の望み」なのか、他の5つと際立って違っているのか、いまだ謎に包まれています。

そもそもこれらのタピスリーはなぜ作られたのか? 下絵を描いた画家は「アンヌ・ド・ブルターニュのいとも小さき時禱書」の画家とされており、注文主については、タピスリーの中の旗に描かれた家紋から、当時のフランスの有力者ル・ヴィスト家による注文で、結婚を記念する品として作られたのではと推察されています。一角獣は普段は獰猛だが清純な乙女の前では従順になると定義づけられ、キリスト教においては、乙女=聖母マリア、一角獣=乙女の胎内に宿ったイエスという見方もあるようです。しかしタピスリーが作られた中世フランスでは、女性と一角獣のコンビは宮廷を舞台にした男女の愛をテーマとして描かれていたとも言われています。一角獣は女性の心を射止めんとする男性なのですね。愛を得るためには「五感」をフルに生かすことがキイである、と言うのは理解できるところです。

『トゥ・ザ・ワンダー』には、この6つの連作のうちの3つ、「視覚」「触覚」「我が唯一つの望み」が登場しています。男(ベン・アフレック)と女(オルガ・キュリレンコ)が、デートで美術館を訪れ、展示室で抱き合い戯れながら、タピスリーに触れんばかりに手を伸ばす(私が監視員なら「お客さん、困りますよ」と注意するけど……)。このシーンが表しているのは、彼らが視覚や触覚といった五感を駆使・体現しながら恋に落ち、愛こそ「我が唯一の望み」と手を伸ばし、願っていたということ。しかしながら、愛の対象は不変ではない。そういえばタピスリーの貴婦人の顔も、6枚それぞれ違う顔のように見える(作品タイトルは、La Dame à la licorneと単数形なのですが、これも興味深いところ)。愛の揺らぎ、不確実性……。時には神の「愛」さえも。「唯一の望み」は簡単には得られない。得ることができたらそれは奇跡(Wonder)と言えるのかもしれない。この映画は、そんなふうに考えることもできるのかな? と思います。

「貴婦人と一角獣」。持ち主が転々と変わり、世間からは長く忘れ去られ、19世紀に小説家のジョルジュ・サンドが賞賛したことにより再び目を向けられることになったこの作品は、まだ日本で鑑賞することができます。東京での展覧会は終わりましたが、現在(2013年9月時点)、大阪で開催中。フランスから海外に貸し出されるのは約40年ぶり、二度目のこと。美術作品が辿る運命は、時として映画以上にドラマティックです。映画もタピスリーも、ぜひ両方堪能してくださいね。

▼作品情報▼
『トゥ・ザ・ワンダー』
監督・脚本:テレンス・マリック
出演:ベン・アフレック、 オルガ・キュリレンコ、レイチェル・マクアダムス、ハビエル・バルデム
2012年/米/112分
8月9日(金)、TOHO シネマズ シャンテ、新宿武蔵野館ほか全国公開
配給:ロングライド
(C)2012 REDBUD PICTURES, LLC
公式サイト:http://www.tothewonder.jp/

▼タピスリー▼
『貴婦人と一角獣』(1500年頃)
フランス国立クリュニー中世美術館/パリ、フランス
La Dame à la licorne

▼展覧会▼
フランス国立クリュニー中世美術館所蔵 貴婦人と一角獣展
国立新美術館(東京・六本木):2013年4月24日(水)〜7月15日(月・祝)
国立国際美術館(大阪・中之島):2013年7月27日(土)〜10月20日(日)
http://www.lady-unicorn.jp/

▼参考文献▼
・「貴婦人と一角獣」トレイシー・シュヴァリエ著 木下哲夫訳 白水社

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