『夏の終り』瀬戸内寂聴原作を映画化!熊切和嘉監督インタビュー「アグレッシブなヒロインに惹かれ、映像化してみたいと思った」
原作「夏の終り」は瀬戸内寂聴の代表作で、100万部を超えるベストセラー小説。著者自身の体験をもとに書いたこの作品は、男女の三角関係を描いたセンセーショナルな愛の物語で、半世紀を経ても色褪せない。出版50周年を迎える節目の年に、満島ひかり、綾野剛、小林薫という魅力的なキャスティングで映画化され、いよいよ8月31日に劇場公開される。
これまでもテレビドラマなどで映像化されてきた作品だが、原作者曰く「今回の熊切和嘉監督の映画は、原作にもっとも近く、作者としては生々しさに圧倒され肌に粟を生じて見た」とのこと。圧倒的な映像美ときめ細やかな演出で、原作の世界観をスクリーンに焼き付けた熊切監督に、映画化への想いや試みなどお話をうかがった。
——なぜ、この原作を映画化しようと思ったのでしょうか?
熊切監督(以下、熊切):『海炭市叙景』のプロデューサーから、「こういう文芸作品はどう?」とお話をいただいたのがきっかけです。原作を読んでみると、想像していたようなエレガントな世界ではなく、とてもアグレッシブなヒロインだったので面白いと思いました。ヒロインと二人の男の奇妙な関係性にも惹かれ、やってみたいなと思いました。
——ヒロインの知子は、男性からみて共感しにくいキャラクターなのではと思ったのですが、いかがでしたか?
熊切:(本作を)観た人の感想も「知子を許せるか、許せないか」という点で分かれるんです。実際に身近にいられると「仕事にならないよな」と思うんですけど、一方で、我欲を全部捨てて「ああいう人のために生きてみたい、覚悟を決めてこの人のために尽くしてみたい」という憧れはあります。
——知子役に満島ひかりさんを起用した理由は?
熊切:満島さんは原作の年齢より若いんですが、前から好きだったので(笑)。普段女優にはそんなに興味を持たないんですけど、珍しく好きになった女優だったんです。
——そういえば、満島さんの出世作『愛のむきだし』と熊切監督の『ノン子36歳(家事手伝い)』は、東京FILMeXのコンペティションで同じ年(2008年)に上映されましたが、その時に知り合ったのでしょうか?
熊切:いえ、満島さんには会わなかったんですが、『愛のむきだし』を見たら、まんまと好きになってしまい興味を持ちました。色っぽくもあり、チャーミングでもあり、気が強そうで、尚かつ、女のいやらしいところも引き出せそうだと。
——今回、満島さんは役作りでかなり苦労されたようですが、監督から見てどんなご様子でしたか?
熊切:大変だったと思います。表面的な芝居をする人ではなく、この難しい状況にあるキャラクターを自分の核の部分に落とし込んでやろうという感じでした。女性経験が豊富な監督だったら良いアドバイスもできたのでしょうが、僕はそうではないので、そういう意味では無責任だったと思います。
——今回の綾野剛さんは雨男でしたね。年下の涼太役ということで、満島さんとの激しいラブシーンもあるのかなと思っていたのですが・・・
熊切:そう期待されるとは思いますが、あえて直接的に見せずにエロティックな雰囲気を表現してみたかったというのはあります。これまで露骨な表現というのも色々やってきましたが、昔の映画を見直すと、ただキスをするだけなのにゾクゾクさせられるんですよね。ああいう感じで撮ってみたかったんです。
——妻子ある年上の慎吾役を演じた小林薫さんは、背中でキャラクターを表現されているという感じで、とくに猫を抱いている姿が印象的だったのですが、猫は原作にはない設定ですよね?
熊切:昔の日本映画にはああいう感じで猫が出てくるんですよね。それをやりたかったというのはあります。雌猫にモテる人っているんですけど、実際に小林さんがそうで、妙になつくんですよね。僕もすごく猫が好きで、映画に登場したあの子猫は引き取って自宅で飼っています。
——この原作を映像化するにあたって、とくに気を配られたところを教えてください。
熊切:時代物をやるというなかで、きちんと説得力のある画で撮れるかどうか、というところに気を遣いました。スタッフにも相当な無理をさせたと思います。
——当時の風景や背景など、とても自然な感じがしました。何か参考にされた映像はあったのでしょうか?
熊切:映像というよりは写真集を参考にしました。当時の風景が写った、木村伊兵衛さんの写真集だったりを結構集めて参考にしました。
——情緒溢れる美しい映像でしたが、撮影の近藤龍人さんとは今作で4回目のタッグですよね。とくにお気に入りのシーンがあれば教えてください。
熊切:そうですね、近藤君と照明の藤井(勇)さんとはずっと一緒にやっています。気に入ってるシーンは、知子が型染めをやるシーンですかね。あと、知子が慎吾の奥さんと初めて電話でしゃべる長回しのシーンです。すごいのが撮れたなと思いました。
——互いを探り合うような緊張感のあるシーンでしたが、どのぐらいテイクを重ねたのでしょうか?
熊切:あれはワンテイクだったんですよ。実は他に説明的なカットもいっぱい撮っていたんですけど、あのカットが撮れたので不要になりました。奥さんの声は安部聡子さんがやってくれたんですけど、実際に満島さんとは別の建物で顔合わせしない状況で撮りました。
——知子の型染めの作業のシーンというのは、原作にはほとんどないですが、今回劇中で重要なアクセントになっていたと思います。
熊切:そうなんです。ものづくりをしている時の横顔は美しいだろうなと思っていましたし、型染めについて色々調べていくと興味深くて、それらの行程が知子の心情とうまく重なって見えたら面白いなと思い、膨らませていきました。
——撮影の期間や、当時の状況について教えてください
熊切:兵庫県の加古川と淡路島で、昨年の梅雨時期に3週間で撮りました。その期間に台風が2回来たんです。満島さんが「私は台風女なの」と言ってたんですけど、「勘弁してくれ」という感じでしたね(笑)。実は綾野君の“雨男”設定も現場で思いついたんです。涼太のアパートのシーンで台風が直撃して、「もういいや、トンネル超えたら雨という設定にしちゃおう」と思って。でもそれは(結果的に)良かったと思います。
撮影はしんどかったですね。男女間の機微も「こうだから、こうだ」という映画ではないし、そう言って割りきって描いてはいけないと思いますし。はっきりしないものを探ろうとして形にしようと、時間もかかりました。スタッフも相当寝てないし、地味に苛酷な現場でした。
映画『夏の終り』は8月31日(土)より、有楽町スバル座 ほか全国ロードショー!
※本作は10月に開催される第18回釜山国際映画祭のA window on Asian cinema部門に出品されることが決定。同部門は、才能あるアジア映画監督の新作や話題作を上映する部門で、昨年は『希望の国』(園子温監督)や『かぞくのくに』(ヤン・ヨンヒ監督)が上映され、毎年多くの注目を集めている。
監督:熊切和嘉
出演:満島ひかり 綾野剛/小林薫
脚本:宇田川隆史
原作:瀬戸内寂聴「夏の終り」(新潮文庫刊)
製作:2012年/日本/114分
公式サイト:http://natsu-owari.com/
配給:クロックワークス
宣伝:グアパ・グアポ
(C)2012年映画「夏の終り」製作委員会