『台湾アイデンティティー』:出演者来日トークイベント
出演者高英傑さんが語る「父、高一生の思い出」
2013年07月16日(火)
映画はツオウ族のお祭りの場面から始まる。美しい民族衣装を着た人々。そんな中ひとりのおばあちゃん(高菊花さん)が流暢な日本語を話し始めた時に感じる違和感。彼らが日本語で自らの体験を語るというところに、すでに口から出てくる言葉以上の物語があるのだ。彼女の日本名は矢多喜久子、ツオウ族名はパイツ・ヤタウヨガナ。高菊花とは戦後台湾に国民党軍が入り込んできてから付けられた中国名である。映画に出てくる6人のお年寄りたちもまたすべて複数の名前を持っている。自分の名前の変遷がそのまま台湾の歴史になっているのだ。「自分は最初日本人だと思っていた」「戦争に負けなければ今でも私は日本人だったのに」「戦争に明け暮れ自分には青春時代がない」さまざまな苦難を乗り越えて生き延びてきた6人のお年寄りたち。そんな状況で一体どこに自分のアイデンティテイーを求めたらいいのか、私たちには想像もつかない彼らのその答えがこの作品の中にある。
ゲストの方たちの民族衣装に合わせて「本来は着もので応対すべきところなのですが」と浴衣で登壇した酒井監督が「今回初めて作品をご覧になったとのことですが、感想は」と問いかけると、高英傑(次男)さんは「とてもうれしい。とても感動した。涙流したくないです」と感極った。高英傑(次男)さんは、大変な苦労をされてきたに違いはないのだが、実に優しく穏やかな顔をされている。それでも映画を観ていてさまざまなことがこみ上げてきてしまったのだろう。
台湾の歴史は激変し続けてきた。オランダ、清朝、日本、そして中国国民党による中華民国。支配者が次々に代わる。学校のベンチに座る元教師黄茂己(春田茂正)さんに、教え子の女性が話しかける。たった今日本語で話しをしていた黄さんは、北京語と台湾語(元は福建省南部の言葉)でそれに答える。生きて行くために、言葉を変えてこざるを得なかったのである。「教師時代白色テロ(政治弾圧)が行われていて、同僚も逮捕された。毎日ビクビクしながら生きてきた」自分で植えた校庭の樹、今では大きく育った樹を黄さんは愛しそうに撫でる。時代が変わってもそれは変わらずにそこにある。様々な思いがその樹の中に沁みこんでいるのだろう。
高さん一家のお父さん高一生さんも激動の時代を生き、死んでいった人である。「父は台南師範学校を卒業しました。なぜ師範学校に入ったかと言うと、高砂族の児童の向学ということで優秀な学生を呼んで平地の小学校に入れたのです。その時には3人おりました。後のふたりは花岡一郎、花岡二郎です。彼らは霧社事件で日本の軍人と原住民の板挟みになって自殺したのですね。その時をうちの父は生き抜いたのですが、蒋介石の時代になって銃殺されました」
霧社事件とは、霧社というところでセデック族が武力蜂起し、日本人の運動会を襲って殺した事件である。それに対して日本は軍隊を送りこんでセデック族を鎮圧する。その結果1千人近くのセデック族の方が亡なった。花岡一郎、二郎は日本から与えられた名前で兄弟ではないのだが、高一生さんと同じように、その時巡査として日本統治の末端の役割を担わされていた。しかしそのために蜂起したセデック族とそれを鎮圧する日本軍と板挟みになって彼らは自分から命を絶ったのである。ちなみに、『セデック・バレ』はこの事件を扱ったものである。(8/3~ユーロスペースでアンコール上映される第2部にこのことが出てきます)
それでも、高英傑(次男)さんには父親との幸せな思い出も残っている。「とても子供を愛していた優しい父です。僕はとても泣き虫だったんですが、お父さんがおんぶしてくれました。男の方は、普通は子供をおんぶしないんですよ。したらいけないのですよ。それからお父さんは僕のためにカエルさんカエルさんという歌を作ったのです。♪ カエルさんカエルさんなぜ鳴くの のどが腫れたら大変だ カエルさんのお医者さんはどこにいる」これは、作品の中で高菊花さんが語る「うちの父は悪い子だとは言わなかった。いけない子だ」という言い方をしたという思い出とも重なってくる。高一生さんのお人柄が偲ばれる。
「そんな父でしたが、二二八事件では、大叔父の義矩さんと共に嘉義の飛行場攻撃に参加、その後台湾原住民の自治を主張していたため、蒋介石に睨まれ、共産党のスパイ容疑と、横領の容疑で捕まり銃殺されました」
「お父さんは、嘉義の台湾人から応援の要請があって、ツオウ族の青年たちを嘉義の飛行場の攻略に送りだしたのですね。泣かないでねって映画の中で言っていた義矩おじさんと闘ったと言う経験をお持ちです」と酒井監督は補足説明をするうちに、自身も感極ってしまう。ちなみに 二二八事件は、47年2月28日台北市内で闇の煙草売りをしていた未亡人が、国民党の公売局職員に殴打されたことに始まる暴動。李登輝政権下で行われた調査では、1万8千人から2万8千人が弾圧の犠牲者になったという。高一生さんはその後の「白色テロ」で犠牲になった。
最後に義矩おじさんの姪子さんである鄭金鳳さんが紹介される。「学校の先生をなさっていて今は引退されているのですが、ツオウの歌を教えるという活動をなさっているということで、いっしょにツオウの歌を歌っていただけるということです」お祭り(戦闘祭(マヤスビ)2月、7月20日収穫祭り(ホメヤヤ)1月1日お正月の種まき祭り)と結婚式の日にしか着ないという民族衣装を着けて、3人で歌った歌は、映画の冒頭で流れていた歌で、祖先のことを思い出して唄ったものだという。その素朴な響きを聴いていて、ああそうだ、究極のところアイデンティティーというのは、国ではなく古くから伝わる故郷の、民族の歌の中にこそ存在するものなのだ…そんな感慨を抱いた。
▼『台湾アイデンティティー』作品情報▼
監督:酒井充子
製作:マクザム 太秦
製作総指揮:菊池笛人 小林三四郎
企画:片倉佳史
プロデューサー:植草信和 小関智和
ナレーター:東地宏樹
撮影:松根広隆
音楽:廣木光一
編集:糟谷富美夫
協力:シネマ・サウンド・ワークス 大沢事務所
助成:文化芸術振興費補助金
出演:高菊花、黄茂己、呉正男、宮原永治、張幹男
配給:太秦
制作:2013年/日本/102分
© 2013マクザム/太秦
※2013年7月6日よりポレポレ東中野にて上映中、他全国順次公開