『ベルリンファイル』リュ・スンワン監督インタビュー

派手なだけのアクションではなく、登場人物の感情が何よりも大切

リュ・スンワン監督

“ゴースト”と呼ばれる神出鬼没の北朝鮮諜報員ジョンソン(ハ・ジョンウ)と韓国国家情報院の敏腕エージェント・ジンス(ハン・ソッキュ)が、ドイツの首都ベルリンを舞台に激闘を繰り広げる『ベルリンファイル』。韓国に北朝鮮、米国CIA、イスラエルのモサド、中東の反米組織、ドイツ政府が入り乱れ、それぞれの思惑が絡み合う複雑にして壮大な相関図を冒頭から観客に提示しながら、陰謀に巻き込まれたジョンソンが次第に真実に近づくにつれて、非常にシンプルな構造が見えてくるスリリングな展開に、スクリーンから目が離せない。同時にハ・ジョンウはじめ韓国俳優陣のキレのあるアクションも高揚感特大で、見応え十分だ。7月13日の日本公開を前に、本作のリュ・スンワン監督が作品PRのために来日。製作の裏話やアクションシーンに込める思いを語ってくれた。

――本作の準備を始められたのはいつからでしょうか?というのは、2011年12月に北朝鮮のキム・ジョンイル総書記が死去し、三男のキム・ジョンウン第一書記に権力が移行しました。本作はすでにジョンウン体制下の北朝鮮の権力構造の描写もあり、タイムリーに思えます。本作の製作にあたり、ジョンイル氏の死去が何らかの影響を与えた点はありましたか?

リュ・スンワン監督(以下リュ):2010年下期にはこの映画の準備がスタートしました。準備の過程で、キム・ジョンイル総書記が亡くなったんですが、その時点で脚本は2稿、3稿を書いていて、プリ・プロダクションの最中で撮影も迫っていました。そういうなかでの死去でしたので、こちらも混乱し、どうしたらいいのか悩みましたね。ただ、本作は近い過去を描いていますが、現在の情勢を入れないと設定が古い話のように思われてしまうと思ったんです。そこでいろいろなチャンネルを駆使して情報収集し、脚本を修正しましたが、それはとても危険な決定でした。

 ――その情報収集とはどのように行ったのでしょうか?

リュ:3つのルートから情報を得ました。①北朝鮮を専門とする記者、②韓国の情報局で北朝鮮関連の業務を担当していた情報局員(現役の人も退職した人も含めて)、③さらに①②から紹介を受けた脱北した方々、です。脱北者にはいろいろなタイプの方がいて、多くの人たちに会いました。北朝鮮で対外情報業務や特殊訓練を受けた人もいましたし、そのなかでも海軍将校をしていた方に、かなり助けていただきました。撮影現場で俳優に対して北朝鮮の方言を指導して頂いたり、小道具など細かいことも指摘してもらいました。また、武器取引についても80年代から現在にかけて取引国も(世界の情勢の変化とともに)変わっていくのですが、現在の取引国はどこかということも教えてもらいました。その他にも欧州の大使館でスパイ活動をしていた人の話など、“ブラック要員”の生活についてお話を聞くことができ、それらをシナリオに反映させることができました。

――本作の舞台であるベルリンは、分断の象徴的な都市です。朝鮮半島も北と南で分断されています。そういう都市で本作を撮ることについて、朝鮮半島の分断の歴史がリュ監督に何らかの影響を与えていたのでしょうか?

リュ:冷戦後の話ですが、冷戦のイデオロギーを引きずっている話でもあります。また、韓国だけが描けるモチーフであり、登場させられる人物もあります。そこで(冷戦や分断の)象徴的なベルリンというのは、本作において適切だったと思います。ただ、分断そのものがテーマではありません。私たちにとって分断はあくまで現実です。この映画にとって重要なのは分断よりも登場人物そのものです。彼らの感情、葛藤、人間関係が大切だと思っています。それに韓国では分断に対する関心が薄れているのも事実です。分断について声高に叫んでも虚しいと思われるので、分断を強調するよりも個人の話にフォーカスしました。

 ――海外ロケでの苦労はありましたか?

リュ:言語・文化・生活の違う場所で撮影を行うのは大変でしたが、それはさほど大きな問題ではありませんでした。最大の問題は私自身の内部にありました。大規模の作品で、失敗はできないというプレッシャーですね。自分が慣れた場所での撮影なら、比較的簡単に撮り直しができますが、外国ロケではそれはできない。そのために入念に準備をする必要がありました。

――本作ではハ・ジョンウさんとチョン・ジヒョンさん演じる北朝鮮の夫婦のラブストーリー的な要素もあります。リュ監督の作品で男女の愛を描いたのは初めてだと思うのですが、今後も愛をテーマにする作品を手がける予定はありますか?

リュ:(本作に限らず)全ての作品において、もっとも大切なのは登場人物の感情です。どこまで感情を表現できるかに映画の成否はかかっているし、俳優の感情表現が真実または真実に近いものであるべきだと思います。今回は情緒を要求されていたし、夫婦愛を表現することが、登場人物の感情面でも自然な流れだと考えました。ただラブロマンスをつくるかということは、本作で描いたからといっても今後のことは分かりません。次の作品でも必要であれば入れるし、不必要と判断したら、あえてこだわって撮ることはないでしょう。

――リュ監督は、ここまでのお話で「登場人物の感情」ということばを何度か発言されています。監督のアクション映画は、俳優陣のキレのある動きが素晴らしいのですが、それだけではなく登場人物の感情のうえに成り立っているからこそ、よりリアルで、真に迫るものがあると感じました。武術監督のチョン・ドゥホンさんと一緒にお仕事をされましたが、アクションシーンの演出について、どういうディスカッションをされるのでしょうか?「登場人物の感情」という面も話し合われるのでしょうか?

 リュ:チョン・ドゥホンさんと私には、私たちなりの仕事のやり方があります。ストーリーのネタから一緒に考え、シナリオができたら彼を交えて細かく人物像について話し合います。登場人物がボクシング選手なのか、北朝鮮のスパイなのかなど、バックグラウンドによってアクションが変わります。つまり、この人物はどういうスタイルのアクションが良いのかを考えていくんです。その段階でテストを行います。チョン・ドゥホンさんはアクションの学校も運営していますが、スタントの人たちに様々なアクションをしてもらい、その映像を送ってくれます。私はそれを見て、判断して修正をお願いする・・・というやりとりが繰り返されます。同時にロケーション・ハンティングでは、美術デザインをするときに、武術チームに会議に入ってもらい、彼らのアイデアをできるだけ反映させていきます。言葉では上手く説明出来ないくらい、密接で、複雑な過程を経てアクションのデザインが出来ていきます。そして撮影に取りかかりますが、ここで欠かせないのは俳優の生身の訓練ですね。
ただ、映画において大切なのは登場人物の感情ですから、感情を排除した、派手なだけのアクションはダメだと思うんです。俳優にはひとつの動きにも感情をこめてアクションをしてもらうのが理想的です。そういう点でもチョン・ドゥホンさんとは同じ価値観を共有しています。

(後記)
リュ監督は、熱く語るというタイプではなかったが、一つ一つの質問に丁寧に答えてくれた。北朝鮮の情報収集には相当力を入れられた様子が窺えたが、やはり「リアル」にこだわり、かつどんな体制下の国で生まれ育とうとも、どんな人間にも喜怒哀楽の感情があるという、ごく当たり前のことの説得力を持たせるためだったのだと感じた。本作の成功で、「次はハリウッド進出か?」とも噂されるリュ監督だが、「地道に映画をつくっていきたい」という意向らしい。

▼プロフィール▼
リュ・スンワン Ryoo Seung-Wan
1973年生まれ。1996年、パク・チャヌク監督『三人組』(未/97)の演出部で働く。2000年、インディーズで製作した初の長編映画『ダイ・バッド~死ぬか、もしくは悪(ワル)になるか~』でセンセーショナルなデビューを飾る。以降、『血も涙もなく』(02)、『ARAHAN アラハン』(04)、『クライング・フィスト 泣拳』(05)、『シティ・オブ・バイオレンス 相棒』(06)、『生き残るための3つの取引』(10)などの話題作を発表し、“韓国のタランティーノ”と呼ばれ、次世代の韓国トップ監督候補と高く評価されている。また『ダイ・バッド~』では主演もこなし、以降パク・チャヌク監督の作品も出演するなど、俳優としても活躍。

▼作品情報▼
物語:アラブ組織との武器取引現場を韓国情報院の敏腕エージェント・ジンスに察知され、からくもその場から脱出した北朝鮮諜報員ジョンソン。なぜ、このトップシークレットが南に漏れたのか?まもなく、北の保安監視員ミョンスから、妻ジョンヒに二重スパイ疑惑がかけられていると知ったジョンソンは、祖国への忠誠心と私情の板挟みになり苦悩を深めていく。しかしジョンソンは、まだ気づいていなかった。すでに彼自身までが恐るべき巨大な陰謀に囚われていたことに。CIA、イスラエル、中東そしてドイツの思惑も交錯し世界を巻き込んだ戦いが“陰謀都市ベルリン”で始まる。生き残るのは果たして……
監督・脚本:リュ・スンワン(『生き残るための3つの取引』)
武術監督:チョン・ドゥホン(『G.I.ジョー バック2リベンジ』)
出演:ハ・ジョンウ(『チェイサー』)、ハン・ソッキュ(『シュリ』)、チョン・ジヒョン(『猟奇的な彼女』)、リュ・スンボム(『クライング・フィスト』)
製作:2013年/韓国/120分
配給:CJ Entertainment Japan
公式サイト:http://berlinfile.jp/
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7月13日(土)新宿ピカデリー、丸の内ピカデリーほか全国ロードショー!

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  1. soramove

    映画「ベルリンファイル」凄いぞ韓国映画!文句なしの面白さ…

    映画「ベルリンファイル」★★★★★ ハン・ソッキュ、ハ・ジョンウ、 リュ・スンボム、チョン・ジヒョン出演 リュ・スンワン監督、 120分、2013年7月13日より全国公開 2013,韓国,CJ Entertainment Japan (原題/原作:Bereurlin )…