【フランス映画祭】In the House(英題)(邦題:危険なプロット)

人間である以上、私たちは皆のぞき屋である。

IntheHouse  かつては、作家を目指していたこともある高校の国語教師ジェルマン(ファブリス・ルキーニ)は、作文の採点をしていて、あまりのひどさに溜め息をもらす。文学は人生を豊かにする、それを生徒たちに伝えたいという信念を持って教師になった彼にとって、その作業は虚しいだけである。そんな中、きらりと光る才能を持った作文を発見する。その文章を書いたのは、いつも教室では一番後ろの席にいて目立たない生徒クロード(エルンスト・ウンハウワー)だった。彼の才能なら自分の実現できなかった作家になるという夢を成し遂げられるかもしれない。ジェルマンは、そんな期待から特別な個人レッスンを開始するのだった。

クロードの作文で、ただひとつの問題は、それが同じクラスメートの家庭生活を暴露するような内容だったことだ。多分に皮肉っぽい視点もあるため、道徳的に問題があると考えたジェルマンは別のことを書くように指導する。しかし、クロードが次第に家族の中に深く入り込み家庭内の秘密が明らかになるにつれ、いつしかジェルマン夫婦(妻役はクリスティン・スコット・トーマス)は、揃って次を期待するようになっていってしまう。

それにしてもジェルマン夫妻のみならず、観客までもが、ありきたりな“普通の家族”の物語にぐいぐい引き込まれていくのはなぜか。そこで思い出すのが、『裏窓』のインタビューの中でアルフレッド・ヒッチコック監督が語った言葉「人間である以上、私たちはみんなのぞき屋ではないだろうか」(「ヒッチコック映画術」)なのだ。「トルストイ、チェーホフを読みなさい」そんなことを言ったってジェルマンは所詮のぞき屋である。ギャラリーで、わけのわからないモダンアートを扱い論じているスノッブな彼の妻も所詮のぞき屋である。すくなくとも、映画を見る人間は、みんなのぞき屋である。この作品は映画を観に来る人間のそうした心理をくすぐっているのだ。

ジェルマンは作文の指導の中で「本を読む人間は王様であり、作家は彼の機嫌をそこねてはならない」クロードにそんなことを言う。しかし、本当にそうだろうか。ストーリーが進むうちに読者、すなわちジェルマンは、むしろ作者の奴隷になっているような気がする。それを理解しているクロードは『ベニスに死す』のタジオのように、誘惑するような視線を送ったり無視したり、ジェルマンを翻弄する。あるいは『悲しみよこんにちは』のセシルのように言葉で人を操ることを覚えたばかりの少年は、ゲームでも楽しんでいるかのように、文章で彼を振り回す。

ジェルマンが振り回されるのは、どこまでが家族の真実でどこまでが虚構なのか、彼にそれを知る手段がないからである。観客もまた、目の前に展開されている物語がフィクションであることを理解しているはずなのに、クロードの文章の何が真実なのかを理解しようと、画面を見つめている。スクリーンに現れている映像は、あくまでも彼の文章が元になっているからだ。こうなるともはや観客も奴隷である。ジェルマンとクロードの関係はそのまま、観客と監督の関係に当てはまる。真実と感じ取るのは観客それぞれ、そう思い込ませるのは監督の手腕。映画はいわば好奇心旺盛でのぞき屋である観客と監督の共犯関係で成り立つものなのだ。その辺りにフランソワ・オゾン監督の映画に対する考え方が伺い知れるという意味でも興味深い作品である。



オゾン監督

オゾン監督&エルンスト・ウンハウワー

▼『In the House(英題)』作品情報▼
原題:Dans la maison
監督:フランソワ・オゾン
出演:ファブリス・ルキーニ、クリスティン・スコット・トーマス、エマニュエル・セニエ、ドゥニ・メノーシェ、エルンスト・ウンハウワー
制作:2012年/フランス/105分
配給:キノフィルムズ
※2013年秋、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamura ル・シネマ他 全国順次公開

© 2012 Mandarin Cinéma – Mars Films – France 2 Cinéma – Foz


【フランス映画祭2013】
日程:6月21日(金)〜 24日(月)
場所:有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ 日劇(東京会場)
団長:ナタリー・バイ
公式サイト:http://unifrance.jp/festival/ 
Twitter:@UnifranceTokyo 
Facebook::http://www.facebook.com/unifrance.tokyo/
*フランス映画祭2013は、アンスティチュ・フランセ日本の協力のもと、東京だけではなく京都、大阪、福岡と地方でもフランス映画の上映が決まっている。