【フランス映画祭】黒いスーツを着た男
フランス共和国の標語は、言わずと知れた“自由平等博愛(友愛)”である。民族、文化、宗教が何であれフランス国民になれば移民にも平等原則が適用される。そこには差別はないというもの。
この作品には、この三大原則を持つ国の、三つの異なる世界に住むパリの住人が登場する。自動車ディーラーに勤務する青年アル(ラファエル・ペルソナ)は、会社で営業成績を伸ばし出世、そのうえ社長令嬢との結婚を控えている。彼の実家は、“移民”も多く住む郊外の貧しい集合住宅である。底辺から這い上がり、成功が目の前に迫ったところだ。モルドヴァ(ルーマニアの隣国)からの不法移民ヴェラ(アルタ・ドブロシ)。彼女と夫は、ヨーロッパの最貧国と呼ばれる自分の国に失望し、フランスに希望を抱いてやってきた。だが、ふたり精いっぱい働いても、所詮闇で雇われている仕事であり、生活は苦しい。“不法移民”が多く暮らす地区の狭いアパートで、故郷の仲間たちと助け合いながら生きている。医師を目指し大学で勉強するジュリエット(クロチルド・エム)は、大学の哲学教授と恋愛中で、子供がお腹にいる。理想と現実にどこかギャップを感じているからだろうか、彼との共同生活に踏み切れないでいる。それでも金銭的には困ってはいないようだ。
アルは職場の仲間と酒を飲み酔っぱらったその帰り道、あろうことか仕事に向かう途中のヴェラの夫を車ではね、そのまま逃走。その様子をジュリエットは自分のアパートから目撃してしまう。経済的な格差で住む場所も違い、考え方も違う人たち、絶対に出会うことのない彼らの接点はこのような不幸な出来事から始まる。
ジュリエットは、博愛精神を体現するかのような人物だ。なかなか動かない警察を尻目に、重体となった男の妻ヴェラを探しだし、事故を伝える。想像以上に感謝され気分が良くなり、また見捨てて置けないという親切心もあり、彼女との付き合いが深まっていく。やがてジュリエットは、車を運転していた男がアルであったことを突き止めるのだが、彼が良心の呵責に責め続けられながらも、自首できない事情があるのを知ると、告発出来なくなる。それどころか、ヴェラへの裏切りであることを承知しながら、彼によろめいてしまう始末で、深入りし過ぎた彼女は、逆に彼らの人生の重さに押しつぶされていく。被害者と加害者というだけでなく、絶対に相容れない世界に生きる彼らの間に立ち、円満に解決することなど所詮不可能なのである。「理想化肌の世間知らず」彼女の限界は、はからずも理想の限界を露呈させてしまうのだ。
このことは、豊かな人たちは、初めからトラブルに巻き込まれる恐れがないからこそ理想を唱えていられるという現実を示唆している。逆に言えば、もしアルが貧しい環境で育っていなかったら、元々が責任感の強い男ゆえ、ひき逃げという選択をしなかったであろう。もし、ヴェラが貧しい移民でなかったら、アルの周りの人物たちが、こぞって事故の隠ぺいを主張することはなかったであろう。彼らの姿を見ていると、中流以下のフランス人が、社会からはみ出さないよう必死にしがみつき、またトラブルを避けるため、貧しい移民には近づかないようにしていることの理由もわかる。差別は貧富の差、社会階級の問題なのである。経済的格差が広がれば広がるほどこの傾向は強くなるはずだ。それゆえにこの作品を観ていると、自由平等博愛の理想も“金次第”そんな言葉が頭をよぎってしまう。それでも、人の良心を信じなければ…作品後半の彼らの行動には、そんな願いが籠められているようにも思え、苦いながらも清々しくさえある。
▼『黒いスーツを着た男』作品情報▼
原題:Trois mondes
監督:カトリーヌ・コルシニ
出演:ラファエル・ペルソナ、クロチルド・エム、アルタ・ドブロシ、レダ・カテブ
制作:2012年/フランス=モルドヴァ/101分
配給:セテラ・インターナショナル
オフィシャルサイト:http://www.cetera.co.jp/kurosuits/
※2013年8月31日(土)より、ヒューマントラストシネマ渋谷他 全国順次公開
© 2012 – Pyramide Productions – France 3 Cinéma
【フランス映画祭2013】
日程:6月21日(金)〜 24日(月)
場所:有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ 日劇(東京会場)
団長:ナタリー・バイ
公式サイト:http://unifrance.jp/festival/
Twitter:@UnifranceTokyo
Facebook::http://www.facebook.com/unifrance.tokyo/
*フランス映画祭2013は、アンスティチュ・フランセ日本の協力のもと、東京だけではなく京都、大阪、福岡と地方でもフランス映画の上映が決まっている。