『箱入り息子の恋』市井昌秀監督インタビュー

本作では“触れる”ということを重要なテーマにしていました

 自宅と職場を行き来するだけの日々を送る童貞男(35歳)が、ついに見つけた本物の恋。コンプレックスの塊のような彼が恋に落ちたのは、盲目の美しい女性だった。何度も傷つき、挫折感を味わいながら、自分の殻を破って成長していく健太郎を演じたのは、本作が映画初主演となる星野源。そして盲目の女性という難役を、天性のセンスと透明感のある佇まいで演じ切った夏帆。真剣だけどちょっぴり滑稽な二人の恋は、観る者をグイグイと物語の中へ引き込んでいく。本作でメガホンを取ったのは、日本の映画界で期待されている若手監督の一人で、過去に芸人としてのキャリアを持つ、市井昌秀。インタビューでは監督と脚本を務めた市井監督に、キャラクター造形や撮影中のエピソード、また監督自身のキャリアについてお話を伺った。

——主人公の健太郎と市井監督は同世代ですが、この“箱入り息子像”は設定しやすかったですか?

監督)もともと別の方(マックス・マニックス)による原案があって、“両親による代理見合い”“盲目の女性”、あと“健太郎のキャラ”についても多少の設定は出来上がっていました。ただ健太郎については根暗な印象が強く、もっと暗い話だったんです。だから僕の方で、「一度火が着いたら止まらない」とか「カエルを飼っている」など、キャラクターにユーモアの要素を加えました。また物語の後半部分については、ほとんど自分が書いています。

−−その健太郎が飼っているカエルですが、彼の気持ちを代弁しているようで可笑しかったです。なぜカエルを使おうと思ったのでしょうか?

監督)雨というのが、二人の出会いを印象づける一つの要素でした。でもカエルを全面的に出していこうと思ったのは、主演が星野源さんに決まってからです。星野さんも父親役の平泉成さんも、どちらもカエルに似ているなと(笑)。カエルってよく道端でひっくり返って死んでいたりするけど、その姿がちょっと無様で滑稽な感じがするんです。本作でもシリアスに見えるシーンが、ちょっと引いてみると滑稽だったりするので、そういったところもカエルの姿と繋がるかなと思いました。天雫(あまのしずく)という名字ですし、梅雨時期の撮影だったというのもあります。

——(健太郎というキャラクターについて)星野源さんと作り上げていった部分はあるのでしょうか?

監督)細かい所作やセリフの言い回しなど、ほんのちょっとの微調整は星野さんと現場でしましたね。星野さんは素直に感情を出せる人だなという印象で、特異なキャラクターになりきっているけど、どこかにちゃんと星野源の反射神経というものが見えるんです。極端なアドリブというのはそんなに無いんですが、奈穂子との初めてのキスの後「もう一度いいですか?」と訊くセリフは彼のアドリブです。そのシーンは僕が「どうなるんだろう」と思って、カットを切らなかったんです。そしたらそのセリフが出て、もう一度キスもしてくれたので、「このアドリブはいいな」と思いそのまま使いました。

——外見にコンプレックスを持つ男性と盲目の女性が出会って恋をする…最初の出会いで会話はほとんどありませんが、再び出会った時、彼女が彼の声にわずかに反応しますよね。このシーンで私はチャップリンの『街の灯』のラストを思い出したのですが、本作を撮るうえで参考にしたり、意識した作品はあったのでしょうか?

監督)夏帆さんのお芝居を固めるにあたって、実際に盲学校に取材に行ったり、あくまで演技のために観た作品というのはあるのですが、意識した映画というのは特にないです。

——盲目の女性、大胆なラブシーンなど、夏帆さんにとって挑戦的な作品だったと思います。夏帆さんについて印象的なエピソードがあれば教えてください。

監督)ピアノを弾くシーンがありますが、彼女はピアノを弾いたことがなかったんです。撮影の一ヵ月前から、盲目の演技とピアノの練習でバタバタだったんですよね。なので役作りに関しては、ほとんど時間がなかったんです。ただ台本の読み合わせの時、夏帆さんがポンっとセリフを言った瞬間に「これが奈穂子なんだ!」と、僕が信じこまされてしまったんですよね。ブレることなく、スーッと役に入り込めるという、天性のものを持ってる方だなと思っています。とくにお見合いのシーンについては、奈穂子はほとんどしゃべらずに耳で聴いて表情だけで演技をするんですが、あの長いシーンを見事に演じ切ったなと、とても印象に残っています。

——本作では重要だなと思えるシーンが2度ずつあったのが印象的でした。

監督)出会いについてはそれほど意識したわけではないのですが、健太郎の怪我とラブシーンは意図的です。じつは本作では、“触れる”ということを重要なテーマにしていたんです。ゲームばかりやっている健太郎は画面上で目や耳を使って何かを体験したような気になっていますが、実際に“経験する”というのは“何かに触れること”だと僕自身は考えています。
健太郎は生真面目な性格なので、最初は言葉で相手に何かを伝えようとしますが、いろんな紆余曲折を経て、感情や本能を爆発させるようになります。2度目のシーンはそういう対比でもあります。
また“触れる”ということで、キーボードをタッチする指や鍵盤に触れている指など、指のアップが結構多めです。最終的には“手紙に触れている指”に集約されているんですが、“離れていても触れている”感が出せたらと思いました。

——二人の両親を演じた、平泉成さん、森山良子さん、大杉漣さん、黒木瞳さんなどベテラン俳優も多数出演されていますが、彼らから何かアイデアとか提案というのはあったのでしょうか?

監督)そうですね。たとえば平泉さんからは台本読み合わせの時に、「震災後だし、何かそういうテーマのことを入れたらいいんじゃないか」という提案がありました。自分もボランティアで被災地に行ったりしていたのですが、ちょうどその一ヵ月後にこの企画を頂いたというのもあり、「震災」というのを引きずりながら撮っていたんです。だからブレーカーが落ちるシーンについては、後で付け足したりしました。ほかにも、「節電」とか「電気はこまめに消しましょう」という貼紙をいろんな所に貼っています。

——セリフの合間の“間”だったり、それぞれのシーンの空気感が絶妙でしたが、監督として現場でとくに気を配られていたことはあるのでしょうか?

監督)現場では、僕以上に撮影の相馬(大輔)さんがそういうのが上手な方なんですが、「プレッシャーに押しつぶされるぐらいだったら、とにかく楽しんで撮ろう」と心がけていました。「そういう空気は絶対、映像にも出てくるから」と二人で話していたんですが、それは結構大きかったと思います。

——市井監督は関西学院大学在学中から芸人を目指し、「髭男爵」のメンバーとして活動をされていた時期もありますが、撮影を通じてご自身のキャリアが生かされてるなと感じたことはありますか?

監督)髭男爵にいた時に、僕と山田(ルイ53世)のどちらかがコントを作っていたんですが、日常の出来事を題材にした物語を作る、という点で過去の経験は生かされていると思います。ただ本作はコメディを撮ろうという意識はあまりなく、結果的に笑えたらいいなという感じだったので、“コメディを撮っている”感というのは役者さんには出さなかったんです。最終的に笑えるところがあるのはわかっていたんですけどね。

−−では最後に、映画を楽しみにしているファンの方にメッセージをお願いします。

監督)牛丼を食べに行きたくなる映画で、背伸びしないデートを描いています(笑)。あと、小説「箱入り息子の恋」(市井昌秀+今野早苗著/ポプラ社刊)の方も、よろしくお願いします。

『箱入り息子の恋』は6月8日(土)より、テアトル新宿・ヒューマントラストシネマ有楽町ほか 全国ロードショー!


▼市井昌秀監督プロフィール
1976年、富山県出身。俳優・柄本明が主宰の劇団東京乾電池の研究生を経て、ENBUゼミナールに入学し映画製作を学ぶ。04年にENBUゼミナールを卒業、初の長編作品となる自主映画『隼(はやぶさ)』が、06年の第28回ぴあフィルムフェスティバルにおいて、準グランプリと技術賞を受賞。長編2作目となる『無防備』が、08年の第30回ぴあフィルムフェスティバルにおいてグランプリと技術賞、Gyao賞も受賞する。そして同年開催の第13回釜山国際映画祭のコンペティション部門にてグランプリ受賞、翌年の第59回ベルリン国際映画祭フォーラム部門にも正式出品され、国内外から高い支持を得た。今、日本映画界で最も期待される若手監督の一人である。

▼『箱入り息子の恋』作品データ
監督・脚本:市井昌秀
出演:星野源、夏帆、平泉成、森山良子、大杉漣、黒木瞳ほか
製作:2013年/日本/117分
配給:キノフィルムズ
宣伝:スキップ
公式サイト:www.hakoiri-movie.com

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