『イノセント・ガーデン』パク・チャヌク監督インタビュー:ミア・ワシコウスカは「こんなに演技しなくて大丈夫?」と思うほど、じっとしていることが多かったです。

『JSA』『オールド・ボーイ』『親切なクムジャさん』など、エンターテインメント性を兼ね備えながらも人間の心理をえぐる、美しくも残酷な作品を発表してきた鬼才パク・チャヌク監督。そんな韓国を代表する映画監督に、今回、人気テレビドラマ「プリズン・ブレイク」の主演俳優ウェントワース・ミラー初の脚本作として企画段階から注目されていた映画『イノセント・ガーデン』のメガホンが託された。
ミア・ワシコウスカ、二コール・キッドマンらハリウッドのスターたちを主役に据えながらも、出来上がりはしっかり“パク・チャヌク印”。これまでの作品にしばしば登場したような血しぶき飛び散る強烈な描写こそないものの、緊張感ある映像のなかで隠し切れないエロチックさ、グロテスクさを表現している。
日本公開を前に来日したパク監督に、その特徴的な映像の世界や個性的なヒロインにこめた思いなどを伺った。


‐‐まず、脚本を読んだ時の感想を教えてください。

監督:余白の多いシナリオだと思いました。アメリカの脚本は、大体どの監督が撮っても同じような作品になるだろうというものが多いんです。それが良いか悪いかということではなく、ウェントワース・ミラーが書いたものには、監督が想像力を発揮して色々と満たしていける要素がとても強かった。だから私の演出によって変わっていくし、他の監督が撮ったとしたら別のものになるとも思うんです。

‐‐美しいけれども緊張感ある映像の連続でした。そのなかでも、ミア・ワシコウスカ演じるインディアの撮り方がものすごくフェティッシュだと感じました。スカートの揺らぎや、ちょっと顔を斜めにとらえたカットなど、印象的なシーンがいくつかあるのですが、ミアを撮る際のこだわりや意図があれば教えてください。

監督:ミアに会う前から、今回はインディアの横顔をたくさん撮りたいと考えていました。インディアは、ずっと何かを観察したり、のぞき込んだり、盗み見たりしているキャラクターですから、それには横顔がいいと思ったんです。実際ミアに会ってみたら、正面の顔はもちろん、横顔がさらに美しくて、これは良かったと思いました。インディアはあまり感情を表現しませんし、服の着方も最近の子らしくなく、ボタンをきっちり上までとめるなどすごく端正ですよね。でも、やはり思春期の少女なりの不安や混乱した部分を持っていますから、スカートが揺らぐシーンなどでそれを表現できればと思いました。

‐‐舐めるようにというか、撮り方が結構粘着質ですよね(笑)。

監督:最初からこの作品の主人公はインディアであり、彼女の成長にフォーカスして最後まで撮ろうと思っていました。脚色の段階から編集作業の段階まで、とにかくその考えは変わらなかった。一人の少女がどう大人になっていくのか追跡する作品だと捉えていたので、ご指摘のように執拗に追いかけるような感じになったのだと思います。

‐‐ミアを撮っていて、どういうところが素晴らしいと思いましたか?

監督:こんなに何も演技しなくて大丈夫?と思うほど、彼女はじっとしていることが多かったです。無表情だから語れること、無表情を通して観客に色々な想像をしてもらう演技も大切だということを分かっている。だいたい俳優って動きたがるんですよ。「ここでは動かないで」と言っても、落ち着かないのか、必ず何かしてしまう(笑)。良い俳優というのは、じっとしていてくれるものなんです。ミアは必要を感じれば自分からそうできる。主人公なのになぜこの子は動かないのか?何を考えているんだろう?と観客に思わせることができるんです。

‐‐監督は『イノセント・ガーデン』という邦題も気に入られているとのこと。監督にとって、本作のヒロインの“イノセント”とは?

監督:アメリカで作られたインターナショナルバージョンのポスターのキャッチコピーが“Innocence Ends”(純粋さの終わり)だったんです。この言葉は、この映画の特徴をうまく要約してると思い、今までの自分の作品の全ポスターの中で一番好きなコピーでした。それで今回、邦題に“イノセント”という言葉が入っていたのですぐ気に入りましたね。
インディアは、叔父チャーリーが登場するまでは少なくとも純粋だった。でも、その後変わっていきます。この映画では、人間の邪悪さが色々と描かれますが、その邪悪さとは血筋なのか?チャーリーやインディアの遺伝子に暴力性が組み込まれていたのか?という問題になってきます。実は、最初の脚本の中では、明確に「そうである」と答えを打ち出していたんです。でも私は、できるだけ曖昧にしたいと思いました。

‐‐髪をとかすシーンで背景が草原になるなど視覚的にもはっとさせられ、聴覚的にもイライラを駆り立てるようなシーンがありました。監督にとって映画とは、やはり五感に訴えるべきものだという意識が強いのでしょうか?

監督:映画というのは、どんなに哲学的で素敵なテーマを掲げて作ったとしても、結局伝えるられるのは感覚を通したことのみだと思うんです。だから聴覚や視覚を通して、ちゃんと観客に伝えるべき。例えば、匂いや触感、舌でワインの味を感じるような感覚まで広げられれば、伝わり方はもっと違ってくると思います。「どうして今ここで、この音がしたのか?それは何を意味しているのか?」という風に、感覚的に刺激することで、観客の中に色んな問いかけが生まれるんです。

‐‐おっしゃるように、監督の作品には五感に訴えるような、ときにはかなり生々しく、痛々しいシーンも多いのですが、いつも決して美しさは失わない絶妙に均整のとれた映像で成り立っていると感じています。そうした監督の美的センスに影響を与えたものや、インスピレーションを受けたアート作品などはありますか?

監督:色々あったと思いますよ。美術作品もそうですし、音楽や文学、もちろん映画も。見たものすべてが私に何らかの影響を与えていますし、例えば現在の生活で、車の中から見みえる外の風景すら、私に何らかの影響を与えていると思います。ただ、あえて一つだけ挙げるとすると、シュルレアリスム(超現実主義)運動に若い頃影響を受けました。

‐‐今作ではほとんどがハリウッドのスタッフという中で、撮影監督だけは『オールド・ボーイ』(03)以降一緒に仕事をされているチョン・ジョンフンさんを連れて行かれましたね。

監督:ハリウッドでは、撮影監督を一緒に連れて行くことは当然のこととして受け止めてもらえました。現場で一番私に近い場所にいてくれる存在というのが撮影監督です。私を監督に招いてくれたのは、たぶん私の作品を気に入ってもらえたからだと思うのですが、ということは、私の作品の撮影スタイルも気に入ってくださっていたのだと思います。

‐‐『イノセント・ガーデン』は、アメリカではヒットしたのに韓国では興行が振るわなかったと聞いています。それはキム・ジウン監督の『ラスト・スタンド』も同じだったようですが、韓国では韓国の俳優が出ていないとヒットは難しいのでしょうか。そのあたりの考えを聞かせてください。

監督:なぜか最近、韓国の観客って韓国映画が大好きなんですよ。もちろんハリウッド大作なら当たるのですが・・・。「こういう時期には韓国映画を撮るべきだったね」ってキム監督とため息混じりに話したりしました(笑)。

‐‐日本の映画興行の状況と似ていますね。いまの韓国において、自国の映画を観たがる観客心理というものを、監督は一体どんな風に感じてらっしゃいますか?

監督:最近あまり機会がなくて、韓国映画に限らず、ハリウッド映画も日本映画もほとんど観ていないので、映画自体の状況はよく分からないんです。ただ、ハリウッド映画が世界を席巻している現在において、自国の作品が生き残っているのは良いことだと思います。ただ、日本と違って、韓国ではテレビドラマが映画化されることはほぼ無いですね。いずれにしても韓国人も日本人も独特で強い国民性を持っているので、自分たちの人生や感情を汲み取って描写してくれる芸術作品に惹かれるのかもしれません。“ヤンニョム”というのですが、韓国料理の調味料は刺激的ですよね。それに韓国人は歴史的にもつらい時期が長かったので、感情的に激しいんですよ。だから、アメリカのブロックバスター映画ではなく、ドラマ重視の作品だと刺激が足りずになかなか満たされないのかもしれません(笑)。

「理性的な刺激を受けた観客が色々考えてくれる映画こそ、いい映画」だと語っていたパク監督。
そのコメントや、学者然とした知的な語り口からも、理性的に計算を重ねて独自の世界観を創り上げていく映画監督であることがうかがえる。ギリギリの計算で美と狂気が共存する映画『イノセント・ガーデン』。その世界をぜひ劇場で堪能してほしい。





Profile for Park Chan-Wook
1963年韓国・ソウル生まれ。ソガン大学哲学科在学中に映画クラブを設立、映画評論に取り組む。2000年『JSA』で当時の韓国歴代最高となる興行成績を記録。03年には『オールド・ボーイ』でカンヌ国際映画祭審査員特別グランプリを受賞する。『渇き』(09)でもカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞している。その他の主な監督作に、『復讐者に憐れみを』(02)、『親切なクムジャさん』(05)、『サイボーグでも大丈夫』(06)などがある。





イノセント・ガーデン
原題:Stoker
監督:パク・チャヌク
脚本:ウェントワース・ミラー
製作:リドリー・スコット、トニー・スコット、マイケル・コスティガン
出演:ミア・ワシコウスカ、ニコール・キッドマン、マシュー・グード
配給:20世紀フォックス映画
2012年/アメリカ映画/99 分/PG12
(c)2012 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved

公式サイト innocent-garden.jp

TOHO シネマズ シャンテ、シネマカリテほか全国にて公開中

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