『藁の楯 わらのたて』三池崇史監督インタビュー:原作者からのリクエストに、「大変な要求ですよね(笑)。でも妥協したら格好悪いなと思いました」
クライム・サスペンスは数多くあれど、本作はかつてない斬新な切り口で“命の平等”を問い、正義に葛藤する人間の心を描いた衝撃作だ。観ている側も登場人物とともに自問自答しながら、壮絶なラストを目の当たりにすることになる。原作は木内一裕(『BE-BOP-HIGHSCHOOL』で漫画家デビュー)の同名小説で、監督は鬼才・三池崇史。
幼女連続殺人犯を福岡から東京まで48時間以内に移送するよう命じられた、SPと刑事の5名。その殺人犯には10億円の懸賞金がかけられており、いつ、どこで、誰が襲ってくるか予測がつかない状況の中、彼ら移送チームは幾度となく窮境に見舞われることになる。“クズ”同然の男の楯となり、命がけで守ることに意味はあるのか? 任務と正義の狭間で揺れる、移送チーム5名の運命を描く。移送チームの中心となるSPを演じるのは大沢たかおと松嶋菜々子、そして連続殺人犯を演じるのは藤原竜也。
三池監督は大規模ロケーションを敢行し、徹底してリアリティを追求。高速道路封鎖や新幹線の車内や駅でのアクションなど、映画化は不可能といわれていた大移送劇を迫力溢れる映像で実現した。「今までの常識では作り得なかった作品」という監督に、本作に込めた思いを伺った。
■原作小説の映画化について
——自分自身の正義が問われるような内容でしたが、映画化するうえで一番大事にしたことは何でしょうか?
(三池監督)基本的に、悪人とか善人という単純な色分けをせず、誰もが“グレー”という前提で作りました。映画を作っているとよくあるんです。このキャラクターはマズいとか、映倫的に問題があるとか。本当に窮屈な世の中だと思います(笑)。殺人犯の清丸にとってもこの世は違和感の塊(かたまり)だったのだと考えると、彼に対しても愛情を感じて撮ることができるんですよ。
——映画化するにあたって、原作者の木内一裕さんから何かリクエストはありましたか?
(監督)木内さんからは、「どんな映像クオリティでも構わないので、とにかく見たことのない映像を何カットか見せて欲しい」と言われました。それで僕は、木内さんが映画の中で一番感じたいのは“気合い”のようなもの、情熱とか、それを生み出す瞬間や興奮なのではないかと思ったんです。逆にいうと、今の日本映画でどんどん無くなってきてしまっているものです。でもそれって、大変な要求ですよね(笑)。でも、その一言がなければ、もう少しやれる範囲でやっていたかもしれないです。例えば、パトカーの数は借りられるだけとか、新幹線ではなくて地方のローカル鉄道にしたりとか。いつもの僕らの常識で計算をして、台本の段階で妥協していたかもしれないですね。でも、その一言のおかげで、「台本の時点で妥協したら格好悪いよな。どうすりゃいいんだ」などと色々探ったし、準備スタッフも含めて皆、色んな手を尽くしてくれました。そうすれば道は必ずあるんですよね。予算のことで悩んで他国の映画を羨んだり、自分たちの環境を愚痴ったりというのは、結局言い訳でしかないのだな、ということが今回はっきりしました。
——どのようなモチベーションで取り組んだのでしょうか?
(監督)たとえば映画祭などを通じて、作った作品が広がっていくというのは、映画にとって夢みたいなことなんです。その魅力や快感を自分自身も映画祭でもらってきたので、本作も思わぬ方向に広がっていけば嬉しいですね。
※インタビューの約一ヵ月後、本作は5月に行われるカンヌ国際映画祭2013(フランス)のコンペティション部門にみごと選出され、現地上映が決定。三池作品は『一命』『愛と誠』に続き、3年連続で上映されることになる。
■キャストについて
——殺人犯を命がけで移送するSPを熱演した、大沢たかおさんと松嶋菜々子さんですが、今作で初めてタッグを組んだ印象をお聞かせください。
(監督)大沢さんは感情がものすごく昂るシーンでも、それを冷静にみているもう一人の自分がいるという感じで、何度か驚かされる場面がありましたね。カットがかかった直後で肉体はまだ興奮しているんだけど、気持ちはちゃんと切り替わってる。頭の中ではいつも二つのハードディスクが作動してるという感じですかね。
松嶋さんはおおらかですよね。普通、女優さんってコワいんですけどね(笑)。売れている女優さんなんかはエキセントリックでピリピリしてる。だけど松嶋さんは、凄いオーラを放ちながらも、周りにプレッシャーを与えない。そういう優しさがある人だろうと思います。
——殺人犯の清丸を演じた藤原竜也さんとは2度目のタッグですね。『SABU~さぶ~』の時とはほぼ真逆のキャラクターだと思ったのですが、あえてそういう起用をしたのでしょうか?
(監督)藤原竜也っていう役者は自分からみると怪物ですよ。彼にとって演じることは“職業”というより“生業(なりわい)”というか、生まれた時からの運命(さだめ)なんだろうなと思います。演じる役の範囲は広くて、彼自身も飢えてるんですよ。演じるための生き物ですからね。今回のように一見、座っているシーンが多くて、表現に制限があるような役を演じるのは、逆に勇気のいることだったと思います。でも、彼はそういう状況を非常に楽しんでましたね。
■映画監督が担う役割について
(監督)作品に対しての映画監督の責任というのは、以後、また監督できるかどうかという、その程度のものしかないんです。そう言う意味では、興行的には責任あるんですよ。でも重いものではない。その程度の責任しか持たずに自由なことができる、というのが映画監督の魅力だと思います。時間や予算などの制約もたくさんあるけど、何でもできるんです。特殊な才能なんて何もいらない。ただ、“そこにいる”ということは、色んな条件が重ならないとできないんです。あと、(俳優やスタッフなど)色んな人が集まって、「いい時間を過ごしたい、有意義に過ごしたい」と思っていますが、そういう場や環境を作るのが映画監督の仕事だと思っています。でも、それも性格の問題ですかね。「みんな楽しんでるのかな」とか、「この人はこういうやり方で表現したいのかな」という、会話ではない直感的なやり取りはあります。
——最後になりますが、原作者の木内さんから本作の感想やコメントはありましたか?
(監督)はい。「前半はすごく楽しくて、どうなるんだろうと思った」って言ってました。後半は原作からちょっと離れていくので、それがハラハラしたみたい(笑)。でも「このスタッフで映画化して、本当に良かった」と言ってくれました。ただ原作者としては、自分の作り上げた作品とラストは違うものになっているから、その悔しさとか違和感といった複雑な感情はあるんじゃないですかね。
4月26日(金)新宿ピカデリー他、全国ロードショー!
(取材後記)先日、カンヌ国際映画祭のコンペティション部門の作品発表があり、本作ノミネートのニュースが舞い込んできた。世界最高峰の映画祭として世界中から多くの作品が集まるなか、19作品に選出されたことは本当に快挙だと思う。ヨーロッパにも三池作品のファンは多く、本作が現地でどのように受け止められるのかとても楽しみだ。
原作:木内一裕「藁の楯」(講談社文庫刊)
監督:三池崇史
出演:大沢たかお、松嶋菜々子、岸谷五朗、伊武雅刀、永山絢斗、余貴美子、藤原竜也、山﨑努
脚本:林民夫
製作:2013年/125分/日本
配給:ワーナー・ブラザース映画
公式サイト:www.waranotate.jp
(c)木内一裕/講談社 (c)2013映画「藁の楯」製作委員会