『セデック・バレ』魏徳聖(ウェイ・ダーション)監督インタビュー:一番最初から撮りたかったのはこの映画でした

 2011年に台湾で大ヒットを記録した歴史巨編『セデック・バレ』が4月20日(土)に日本公開を迎える。7億台湾ドル(約20億円)という台湾映画史上最高の製作費を投じ、1930年日本統治時代の台湾で起こった原住民による抗日暴動「霧社事件(※1)」を描く本作。第一部「太陽旗」では、台湾中部の狩猟民族セデック族の暮らす山奥まで日本の統治が広がり、服従を強いられた彼らが民族の尊厳のために日本人に対して武力決起するまでを描き、第二部「虹の橋」では、圧倒的な武力で鎮圧に出る日本軍と、誇りと信念のため最後まで立ち向かうセデック族の戦いの結末を描く。

 人間の首をこれでもかと討ち落としていく描写を「残虐だ」と批難する人もいるだろうが、セデック族にとって戦った相手の首を狩ること(出草:しゅっそう)は真の戦士の証。勝ち目のない戦いに身を投じ、いとも容易く命を落としていくセデック族たちの姿は理解に苦しむという人もいるだろうが、真の戦士として死に、“虹の橋”を渡って先祖たちが待つ場所に行きたいと願うことは彼らの信仰。ただのバイオレンス・アクションで終わらせまいと、本作はそんな台湾原住民と日本人の間に生じた文化と信仰の衝突をドラマとして盛り込み、結果、上映時間4時間半超えという大長編に仕上がった。

 正直、日本人としては複雑な心境で対峙することになる作品だが、決して反日映画ではない。そして、ここで描かれるセデック族の勇猛果敢さと壮絶な生き様は、太平洋戦争中に日本軍に「高砂義勇隊」として南方戦線に送られた台湾原住民の悲しい歴史にも結びつく。日本人としてはぜひ知っておきたい歴史の1ページを壮大なエンターテインメントとして見せてくれる1本である。
 
 霧社事件に関するマンガをきっかけに構想をスタートさせ、完成まで14年かけて本作を撮りきった魏徳聖(ウェイ・ダーション)監督がプロモーションのために来日。お話を伺った。

※日本語では「先住民」と呼ぶことが望ましいとされているが、中国語では「先住民」と表記すると「すでに滅んでしまった民族」という意味に受け取られるため、台湾では現在、憲法で「原住民族」と表記することが定められている。本記事では監督が使われた「原住民」という言い方で表記。


■プロモーションに2年を費やす

‐‐台湾で大ヒットした本作ですが、観客の反応はどういったものでしたか?

主人公モーナを演じる林慶台さん。強烈な存在感を放つが、素顔はなんと牧師さん

監督:この映画は前篇・後編あわせて4時間半の作品なので、観る側の心の準備が必要になります。どうやったら観客を映画館にひきつけることができるのか? 我々は1~2年かけてプロモーションを行いました。撮影に入った時点から“予防注射”を打っていたんです。こんな映画をいま撮ってるんだよ、心の準備をしておいてねという具合ですね。“無謀なプロジェクトだけど、完成させなければいけない”“長いお話だけど、退屈しないよ”という風に刷り込んでいったわけです。もともとこの映画は、台湾でも受けるような題材ではありません。でも、メジャー系作品のような強気のプロモーションで打って出たので、公開を迎えるころには、ある種の流行になっていました。そして、公開から3日で興行収入1億台湾ドル(約3億円)という成績を上げることができました。テーマも映像も挑戦的なものでしたが、観客に受け入れてもらえた。もちろん100%気に入ってもらえたわけではありませんが、8割の観客には楽しんでもらえたと思います。
特に原住民の方々にはすっかり入り込んで観てもらえたようで、“ひょっとしたら祖父や父親はヒーローだったかもしれない”と、この映画をきっかけに自分たちのルーツを探り始めたんです。原住民の誇るべき歴史というのは、記録が残されていますから。

■ヴェネチア出品版は「燃やしたいほどの失敗作」

‐‐既に国際映画祭を含め、アジアだけでなく欧米各国でも上映されていますが、そちらの反応はいかがでした?

監督:中国大陸や香港をはじめ、アメリカやヨーロッパで上映されたものは約2時間半に短縮したインターナショナル版です。反応は概ね好評でした。でも、この映画の海外でのスタートはとても残念なものだったんです。2011年のヴェネチア国際映画祭でワールドプレミアを迎えたのですが、4時間半のフルバージョンもまだ編集途中という状況で、映画祭側から2時間半に編集するよう求められたんです。猶予は1週間しかありませんでした。4時間半版を見直して十分に編集することができず、とにかくカット、カットで2時間半に縮めて上映しました。だから、世界に初めてお披露目するという場所に、完全な失敗作を提出してしまったんです。とにかく、芝居をカットしてしまったことで、ひたすら戦闘シーンばかりの映画になってしまった。文化も信仰も美学も見えなくなってしまい、何のために戦っているのか分からない。会場では耐えられなくなった人が大勢いました。私もあの現場から逃げたかったぐらい。あれは本当に申し訳ないバージョンでした。火をつけて燃やしてやりたい。だから、国際配給を決めるときは大変でした。膨大なエネルギーを費やして、何度も試写を行って作品を理解してもらおうと説明を繰り返しました。

■役者に求めたのは「ハンターの目」

‐‐主役モーナ・ルダオの青年期・壮年期を演じた2人をはじめ、主要キャストに原住民の無名の素人を大勢起用しています。厳しい演技指導を行ったのではないでしょうか?

青年期のモーナを演じた大慶さん。幼い頃から狩りに慣れ親しんでいたそう。こんなイケメンが山奥で狩りをしている台湾って何だかすごい

監督:私たちが原住民を演じる役者に求めたのは、まず「目」でした。この映画で彼らが演じるのは“ハンター”です。ハンターの目が濁っているなんてありえません。目が合格であれば次に外見を判断し、それもぴったりだと性格を理解する。時には自宅を訪問し、経歴や家庭の状況まで理解して、キャスティングしていきました。重要だったのは、その人の本性をどう引き出して演技に反映させるかということ。演技の訓練もやりましたが、一番有効だったのは、彼らに自信を持たせるという方法。自分がその役柄の人物だと信じることができなければ、表面的な演技にとどまってしまいますから。これには環境の力が大きく影響しましたね。ロケ地に集落を建てた後、役者たちに民族衣裳を身に着け、裸足でそこに入るように言いました。すると不思議なことに、特に指示もしていないのに彼らは薪を探し、火をつけて暖をとり始めた。その様子がおよそ100年前に撮られた写真とそっくりで、まるで彼らに流れる血がそうさせたようでした。そのとき、彼らは「自分たちはセデックの人間だ」という確信を持ったのです。そうなると、後はすごくやりやすくなりました。

■国際色豊かなスタッフ&キャスト

‐‐(インタビュー前に行われた)記者会見で、日本人警官・小島役の安藤政信さんとは出演承諾まで何度も話し合ったとおっしゃっていましたが、時間をかける必要があった理由は具体的に何だったのでしょう?

監督:安藤さんは脚本を読んだ段階で役柄について色々と調べ、小島源治(※2)があまり高く評価された人物ではないことが分かったので、心配されたんですね。海外の映画で悪い日本人を演じて、日本や日本人を批判することになるのではないか、と。だから、この役柄をどう作っていくのか、どう撮影していくのかをもっとよく理解しようとしたんです。そういう部分で、私たちは何度も話し合いを重ねました。

‐‐日本だけでなく、アクション監督として韓国からシム・ジェウォンさんが参加するなど、国際色豊かな現場だったと思いますが、雰囲気はいかがでした?

監督:さまざまな国の人が一緒の現場は、正直、非常に混乱しました。十数名の通訳に参加してもらい、チームごとに1~2名ずつ入ってもらう形でしたが、全員がすごいレベルの通訳というわけにもいきません。撮影の初期の頃に生じたコミュニケーション上の衝突は、誤訳によるものが多かったです。でも、以前はほかの宗教の考えを許容するのが難しかったクリスチャンの私ですが、今回「霧社事件」を題材に脚本を書く作業を通じて、ほかの信仰を受け入れ、随分心が寛容になっていました(笑)。
この映画についてよく「なぜセデック語にこだわるのか?日本語を使うのか?」「国際的に通用する言語ひとつで通せば分かりやすいじゃないか」などと言われたりもしたのですが、通訳の問題を経験して、言葉はまさに衝突の最初の原因になり得るものだと分かりました。それから、国籍の違うキャスト・スタッフを束ねていくには、プロフェッショナルとしての相手の仕事を尊重するという一番シンプルなことが大事だと思いましたね。

■日本と縁の深いテーマが続くのは「偶然」

‐‐次に魏監督がプロデュースした作品「KANO」(メガホンは『セデック・バレ』で主人公のライバルを演じた馬志翔)は、再び日本統治時代を舞台に、台湾の嘉義農林高校野球部が1931年の甲子園に出場し、準優勝したという実話ベースの物語ですね。永瀬正敏さんや大沢たかおさんが出演されていますが、日本人との仕事で、違いを感じられる点はどんなところですか?

監督:「KANO」での大沢さんは、特別出演という形で八田與一(※3)を演じています。主演は永瀬さんで、野球部を甲子園に導いた近藤兵太郎監督の役です。大沢さんとの仕事は4日間だけだったのですが、永瀬さんと撮影してみて、一般的な日本人の仕事の仕方と俳優とでは大きな違いがあると感じました。日本人は何事も計画的に行いますが、日本の役者さんはアドリブを好みますよね。演技することについて、単なる演者ではなく、クリエイターとして創作していくことにこだわりがある。それは、国や民族は関係なく、俳優個人の好みかもしれませんが。

‐‐日本と関わりの深い題材が続きますが、日本には何か特別な思い入れをお持ちなのでしょうか?

3月に行われた魏監督と大慶さんの来日会見

監督:実は、それはすべて偶然なんです。僕が映画監督として一番最初から撮りたかったのはこの『セデック・バレ』でした。準備のため、舞台となる前後の時代の資料も含め、さまざまな資料を読み漁りました。そうすると、別のテーマにもたくさん出会うわけです。例えば、八田與一さんの話。でも、彼が取り組んだダム建設の話は規模があまりにも大きすぎて映画にするのは大変。だから、これも偶然見つけた野球部の物語に八田さんの話を取り入れて、1本の脚本を書きました。

‐‐『海角七号/君想う、国境の南』でも、日本統治時代とともに終わった悲恋が描かれています。

監督:『海角七号』はもっと特別です。ちょうど『セデック・バレ』の企画を色んなところに持っていっても、なかなか資金が集まらなかった時期でした。台湾では予算が2,000万台湾ドルを超えると絶対にペイできないと言われていましたし、テーマが原住民で役者も素人、使う言語も原住民の言葉となると、誰も投資してくれない。でも、ちょっと思い返してみてください。ひとつは悲劇、ひとつは喜劇ではありますが、『セデック・バレ』にある要素は、既に『海角七号』の中にすべて入れてあります。演技の素人が出演し、地方の言葉を話し、原住民も登場する。予算だって5,000万台湾ドルかかりました。この成功によって、映画の成否は「題材の問題ではなく、ストーリーが素晴らしいかどうかの問題。それを上手く撮るかどうかは我々の仕事であり、我々を信じてほしい」と伝えたのです。
『海角七号』のストーリーを練るとき、結実しなかった愛の悔しさをどう表現するか考えました。そこで思いついたのが、一つの時代の終わり、つまり日本統治時代の終わりを利用することによって、断たれる愛を表現できるということ。もっと前の時代を持ってくると、皆死んでしまっているので現在と結びつきませんからね。わざわざ日本統治時代を描くために時代設定を考えたのではなく、物語の展開上それが必要で、結果として日本と台湾の関係を描くことになった。一つの手法です。


<取材後記>
 『セデック・バレ』の製作を知って、『海角七号』の印象から、日本では「あの親日監督がなぜ抗日をテーマに?」と疑問を口にする人が少なからずいた。日本と台湾の関係は深い。本作を観ればこれが反日映画でないことは一目瞭然で、また、監督を反日か親日かに簡単に振り分けること自体がナンセンスだと思う。複雑な歴史背景や多様な文化を抱えながら、それを独自のカラーとして生かし、前に進んでいこうとする台湾。そんな想いを孕みつつ、ニュートラルな立場で誤解なく物語を描き切ろうとしたがゆえの上映時間4時間半である。
 長編デビュー作『海角七号』の大ヒットで近年の台湾映画界の盛り上がりのきっかけを作り、『セデック・バレ』では台湾の学校教科書にも2~3行しか記載がないという霧社事件にスポットを当て、台湾人にアイデンティティの再考を促すムーブメントを引き起こした魏監督。資金不足など幾多の困難を乗り越えて話題作を世に送り出す執念と、これほど獰猛な作品を撮るパワーはどこにあるのか…柔和な笑顔の下に、強靭な意志を持った人だ。


(※1)霧社事件:日本の植民地政策により、台湾では近代化が推し進められた一方、原住民族は文化・風習が踏みにじられ、厳しい労働と服従を強いられていた。そうした状況を背景に、日本人警官との間のいざこざを発端として1930年10月27日に起こった武装蜂起のこと。霧社セデック族マヘボ社の頭目モーナ・ルダオを中心に、6つの社(集落)の男たち約300人が霧社公学校で行われていた運動会を襲撃。日本人134人が殺害された。

(※2)小島源治:霧社事件では蜂起した6つの社の原住民1,000人が死亡し、生存者550人が投降。翌1931年の4月25日、その投降者を保護する収容所が同族に襲撃され、大勢が殺害される「第二霧社事件」が発生したが、それを煽動した人物。

(※3)八田與一:ダム建設など、日本統治時代の台湾で水利事業に貢献した人物。台湾で人気が高い。


Profile
魏徳聖 Wei Desheng
1969年生まれ。『ダブル・ビジョン』(02)やエドワード・ヤン監督の『カップルズ』(96)など、93年~02年までの間、多数の映画やテレビ番組に携わる。08年の監督作『海角七号/君想う、国境の南』が台湾映画史上最大のヒットを記録。台湾版アカデミー賞といわれる金馬奨で最優秀台湾映画賞ほか6部門を制し、国際映画祭でも多くの賞を受賞。同作の大成功により、最初に映画化を希望していた『セデック・バレ』の製作が実現する。





『セデック・バレ 第一部:太陽旗 第二部:虹の橋』
原題:賽徳克・巴莱
監督・脚本:魏徳聖
製作:ジョン・ウー(呉宇森)、テレンス・チャン(張家振)、黄志明(ホァン・ジーミン)
出演:林慶台(リン・チンタイ)、大慶(ダーチン)、安藤政信、馬志翔(マー・ジーシアン)、ビビアン・スー(徐若瑄)、木村祐一ほか
プロダクションデザイン:種田陽平
配給:太秦
2011年/台湾映画/第一部「太陽旗」144分、第二部「虹の橋」132分、計276分
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4月20日(土)より渋谷ユーロスペース、吉祥寺バウシアターほか全国順次公開
公式HP http://www.u-picc.com/seediqbale/