天使の分け前
なんと粋なエンディング。この映画、スコットランド版『フル・モンティ』なんて言われ方もされているそうだが、痛快さと共に優しい気持ちになれて人への感謝も伝わる素敵な映画だ。やれ犯罪だのだらしないだのと細かいところをツッコむ様な無粋な事はせず、この映画のキャラクターたちに寄り添ってみて欲しいと思う。
スコットランドのグラスゴーに住む若者ロビー(ポール・ブラニガン)は、少年刑務所上がりの上にまた暴力事件を起こし、300時間の社会奉仕を命じられる。恋人レオニー(シーヴォン・ライリー)と生まれてくる赤ん坊のために人生をやり直したいと思ってはいるが、職も家もない上にケンカ相手からは付きまとわれ、レオニーの家族からも疎まれて交際に反対されるという八方ふさがりの状況。しかし、300時間の奉仕の指導者ハリー(ジョン・ヘンショー)にある日ウイスキーの蒸留所へ連れて行かれたロビーはウイスキーの世界に興味を持ち、思わぬテイスティングの才能に気付いた事で社会奉仕仲間のアルバート、ライノ、モーの3人とウイスキーに関するある計画を実行する・・・。
いきなりで恐縮だが、多分この映画を休日の昼に銀座に観に行く様な人達は、ロビー達の様な若者に不快感すら感じるかもしれない。そのくらい、彼らは何をやってもダメな生活から逃れられない生き方をしている。そう考えると、筆者としてはぜひ主人公のロビーよりも奉仕活動の指導者ハリーに注目して欲しいと思うのだ。
英国でも日本でも、不景気で職のない若者の閉塞感は日に日に強くなっている様に思う。なのに大人は平気で「何でもいいからやれ」だの「努力が足りない」だのと一言で済ませてしまったりするものだ。でも、そんな言葉はっきり言って何の役にも立たない。その大人だって、職を失う事にビクビクしてる世の中じゃないか。なら、今の若者の気持ちだって分かってやらなきゃいけない。年齢を重ねれば、誰しもにハリーの様な役割と責任があるのだ。一見厳しくも見えるが常に優しい、そういう大人が今の若者には絶対に必要だと思う。そして、与えてくれた優しさを例え相手に返す事が出来ないとしても、与えられた若者は一生忘れないものなのだ。その思い出ひとつだけで、悪に手を染めたり道を踏み外したりしないでいられるかもしれない。現実には多くの立ち直れない若者を見てきたであろうハリーが、それでも若者に示す優しさに、大人の懐の深さを感じられた。
所詮飲んだら消えてしまう酒。その酒に、技術の粋が詰まっていたり、それに大金を払う人もいたりするのに、年2%蒸発してしまったりもする(その蒸発を天使の分け前という)。天使の分け前が多ければ多いほど熟成されてウイスキーは芳醇さを増す。その蒸発した、無くなったものの代わりに人の幸せが増えるって思えると、夢があって何か嬉しくなる。この映画はまさにそんな映画。素晴らしいラストは劇場で確認して欲しい。
酒は、飲む人によっていい加減だったり素晴らしかったりといろんな面を見せる。人にもいい加減な所や素晴らしい所、いろんな面がある。ロビーの人生のメンターとなり父親の様になってくれたハリーのおかげで、どうしようもない様に見えたロビーの素晴らしい面が見えた。その姿に、感動してしまう。どちらかというと労働者や若者の不幸な側面を描いてきたケン・ローチ監督がこの映画で自身最大のヒットを記録したという事が、明日への望みを捨てるなという若者へのエールになっている様な気がした。
4月13日(土)より銀座テアトルシネマほか全国順次ロードショー
▼作品情報▼
監督:ケン・ローチ
出演:ポール・ブラニガン、ジョン・ヘンショー
2012年/イギリス・フランス・ベルギー・イタリア/101分/35mm/1:1.85/ドルビーデジタル、カラー
原題:THE ANGELS’ SHARE
配給:ロングライド
公式サイト:http://tenshi-wakemae.jp/
© Sixteen Films, Why Not Productions, Wild Bunch, Les Films du Fleuve,Urania Pictures, France 2 Cinéma, British Film Institute MMXI