『アントン・コービン 伝説のロック・フォトグラファーの光と影』 孤独であるがゆえに追い求めた「光」

 伝説のミュージシャン、イアン・カーティスを描いた『コントロール』(07)を観たときの衝撃は忘れがたい。「これを撮った監督のセンスは相当なものだろう」と。イアンを演じたサム・ライリーがとにかく美形だったというのもあるけど、どのシーンも絵になるようなショットだった。それだけでなく、モノクロームの光と影の絶妙なバランスで、不安定なイアンの精神を映像で見事に表現していたのだ。撮ったのはこの映画で監督デビューを果たした、アントン・コービン。初監督作ながらカンヌをはじめ世界で絶賛され、今では映画制作にも精力的に取り組んでいるが、もともと彼は、U2、ザ・ローリング・ストーンズ、ニルヴァーナ、ビョークなど名だたるロック・アーティストを撮り続けてきたフォトグラファーである。
 オランダで牧師の息子として生まれたアントンが、なぜ世界的なフォトグラファーになったのか。なぜアーティストたちが彼の作品に絶大な信頼を寄せるのか。本作は4年にわたる密着取材で、それらの理由を解き明かそうというドキュメンタリーだ。監督のクラーチェ・クイラインズは、「彼の複雑なキャラクターを分析して、正当に評価しようとした」と語っている。
少年時代のアントンはいつも強い孤独を感じていたというが、興味深いのは、その孤独感から逃れるために何をして過ごしていたか、ということ。そしてそれらの行動が、今の彼にどんな影響を与えているのか。本人の回想や生い立ちを知る家族のインタビューによって、過去と現在の因果が少しずつ明らかになっていく。

 アントンの作風は、U2のボノをして「写真に写っている“自分”になろうと努力した」といわしめるほど。たった一枚の写真でアーティストの音楽性を表現し、イメージを定義する。彼の仕事の真髄は、対象物への解釈にあると言えるだろう。本質を理解し、まだ他人には見えていないような「微光」を捕らえ、焦点を合わせていく。メタリカのCDジャケットの制作シーンでは、被写体となるメンバーたちがアントン流の解釈に感銘を受け、その表現の可能性にワクワクしている様子がうかがえる。監督2作目となる『ラスト・ターゲット』(10)の撮影現場なども収録されていて、ジョージ・クルーニーら俳優もアントンについてコメントしている。

 映像の中のアントンは、シャイで繊細な性格ゆえに撮られることを拒んでいるような瞬間もあるが、4年という長期取材のなかで、これまで語ってこなかったような心情も打ち明けているように思える。たとえば、今でも感じているという孤独や不安、人間関係について。途中、『コントロール』で描いたイアン・カーティスとは似通ったところがあると認めているが、イアンが自害してしまうことから、「彼のようにはなりたくない」とも言っている。だからこそ、ラストシーンで語られる、今後の展望についての話は心に響いた。ここで語った新たな決意が、今後の仕事や私生活にどのように作用し、作風にどのような変化をもたらすのか、これからのアントンからも目が離せない。

4月6日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

監督:クラーチェ・クイラインズ
出演:アントン・コービン、アーケイド・ファイア、ボノ、マーティン・ゴア、ジョージ・クルーニー、ルー・リード、メタリカ
制作:2012年/オランダ=ドイツ=イタリア=イギリス=スウェーデン/84分

配給:シンカ
公式サイト:http://www.antoncorbijn-movie.jp/
Facebook:http://www.facebook.com/AntoncorbijnMovie
Twitter:@antonfilmjp

【アントン・コービン プロフィール】
1955 年、オランダ南ホラント州ストライエン生まれ。
そのキャリアは 70 年代までさかのぼる。75 年にはサンディ・デニーのポートレートを撮影していた。その音楽愛ゆえにアーティストからの信頼は絶大。中でも U2、デペッシュ・モ ードとのコラボレーションは約 30 年続いている。U2 のアルバムは『WAR(闘)』(1983 年) 以降、すべてのジャケット写真を手掛けている。大ヒット曲“One”の PV 監督もつとめたほか、写真集も出版。デペッシュ・モードとは 1986 年の“AQuestionofTime”の PV で 初コラボレーション。以後、“EnjoytheSilence”、“It’snogood”など代表作の PV や アルバムの撮影/アートディレクターもつとめる。 “TheWord”、“NME”、“RollingStone”、“Q”、“TimeOut”など一流誌での表紙撮影も多数。 映画監督デビューは 2007 年の「コントロール」。全米初登場 1 位の「ラスト・ターゲット」 (2010 年)が二作目。ジョン・ル・カレ原作の“AMostWantedMan”の公開が待たれる。