チャイルドコール 呼声
父親から暴力を受けていた8歳の男の子アンデシュと母親のアナ(ノオミ・ラパス)。ふたりは、福祉施設から紹介されて、新しいアパートに引っ越ししてくる。もちろん、父親に住所は知らされていない。それでもなお不安なアナは、チャイルドコール(監視用音声モニター)を購入、息子の寝室に据え置く。ところが、ある晩、チャイルドコールから聴こえてきた突然の子供の悲鳴に起こされる。混線により他の部屋の音が聴こえてきたのだった。余所で子供の殺人があったのでは…彼女は機械を購入した電気店の親切な店員ヘルゲ(クリストファー・ヨーネル)に相談する。一方その頃、息子には父親の影が近寄り始めていた。
こんな風にストーリーを書いてしまうと、案外ありがちなミステリーと思われるかもしれない。しかし、この作品はミステリーという枠には収まらない映画なのである。本作には、少なくとも“3つの視点”が存在している。主役のアンナの視点、彼女を助ける電気屋の店員ヘルゲの視点、場面こそ少ないのだが、子供の視点。そしてどの視点も実はあやふやなのである。私たち観客は、こうした不確かな彼らの視点を通して物語を追っていくことになるのだが、同時に描かれるべき客観的な視点が欠けているため、どこまでが現実なのかを容易に知ることができないのだ。しかしこれは欠点では決してない。むしろこの作品の斬新なところであり、これこそが映画の真の狙いなのである。
この作品には、“3つの物語”が存在する。一つ目は、本稿の冒頭に書いたチャイルドコールが混線して…というメイン・ストーリー。二つ目は、子供を思う気持ちの強いアナの心の旅路ともいえる物語。三つ目は電気屋の店員ヘルゲが母親との永年の葛藤を乗り越え、自分の過去を清算していく物語だ。さらにこの作品では、人物が相関関係を持って出てきている。ヘルゲと亡くなりかけている母親の関係は、過去においてアナと息子アンデシュのような関係にあったことが示される。またアンデシュと、家庭でDVを受けている友達の赤い服の男の子は、並ぶとまるで双子のように見え、不思議なことにその友達の傷は、伝染でもしたかのようにアンデシュの身体にコピーされてしまう。まるでアンデシュの過去の物語がこの男の子と共鳴してしまったかのように。
客観的視点の欠如、そしてこれら登場人物のパラレルな関係は、物語に色々な解釈の可能性を持たせることになる。例えば、ファースト・シーンが誰の視点で始まっていたかを考えると、アナとアンデシュの物語は彼の回想であり、この親子の現実の物語に彼の過去の物語がイメージとして入り込んできていると解釈もできるのである。そういう意味では、この作品は絵画でいえば、キュービズムのような作品ともいえるのではなかろうか。平面的には、ひとつの絵を見せているのに、観る角度によって、違う物語が見えてきてしまうという点で。
そしてこの3つの物語を通して見えてくるものこそが、この作品の本質なのだ。すなわち、親が子供に暴力を振るうという許すべかざる行為の反対に、親が子供を愛するが故に、子供の心を傷つけてしまう現実もあるということである。アンデシュの未来は、傷ついた大人ヘルゲであり、そう考えると、いかに親子という特別な関係、そのリレーションシップが難しいことかを思い知る。この映画のラストでは、別々だった3つの物語がひとつに収れんされる。その穏やかさは、事件が解決したからというよりも、親でありまた子であるそれぞれの登場人物たちが、形はどうあれ、自分自身を克服したことによるものなのである。
▼『チャイルドコール 呼声』作品情報
英題:Babycall
監督:ポール・シュレットアウネ
出演:ノオミ・ラパス、クリストファー・ヨーネル
制作:2011年/ノルウェー/ドイツ/スウェーデン/ノルウェー語/96分
受賞: 2012年ノルウェーアカデミー(アマンダ)賞、、主演女優賞、脚本賞ほか、4冠
提供:キング・レコード
配給:ミモザフィルムズ、スティクティングタマゴトーキョー
3月30日よりヒューマントラストシネマ渋谷にてロードショー
公式サイトhttp://www.childcall.jp/intro.html
☆公式サイトには筆者による監督インタビュー記事も掲載中、ぜひこちらもご覧下さい
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