クラウド アトラス
1849年、1936年、1973年、2012年、2144年、そして24世紀・・・500年の時空を跨ぎ、6つのステージでそれぞれ全く異なる物語が展開する。映画『クラウド アトラス』は、時代、国境、人種、性別などこの世界に置かれた様々な枠組みを飛び越え、滅びることなく変化し続いていく魂の存在を“感じろ!”と観る側の心にぶち込んでくる意欲作だ。人生は思わぬチャレンジや転機に満ち、それは互いに作用して次の時代へと繋がっていく。それは良い未来かもしれないし、そうではないかもしれない。それでも魂は出会いと別れを繰り返し、歴史を作り続ける。なんだか凄いじゃない!と考えるより先に呑み込まれ、鑑賞後何日たっても残る余韻はここ数年なかった映画体験。挑戦的でいながら、作り手の真摯なメッセージと明確なビジョンが貫かれた最強の超大作だ。
『マトリックス』シリーズのウォシャウスキー姉弟(兄が姉へと性転換。監督自らがまず枠を飛び越えている)と『ラン・ローラ・ラン』のトム・ティクヴァという、個性的な映像表現に長けた3監督が共同でメガホンをとった。本作にはデイヴィッド・ミッチェルによる原作があるが、3人の監督はこれを分解し、時代と時代をつなぐアイテムや、個々のエピソードにすべて繋がりを持たせて再構築。設定は大胆だが、とにかくそのモザイクが緻密で、観客の感情に訴えかけるためのストーリーテリングや音楽は計算され尽している。まったく、3人の揃いも揃って丁寧で粘着質でクレイジーな仕事っぷりが光る。
全米公開時には賛否両論真っ二つだったと聞く。確かに、「大好き」か「全くダメ」かにはっきり分かれてしまうという、かなり極端な評価を受ける作品だということも理解に難くない。上映時間は強気の172分。同時進行でテイストの異なる6本のショートフィルムを観るようなものだから、長いことは間違いない。しかも、それぞれの物語が細切れで繋がっていくため、中盤あたりまで映画全体の流れも朧げにしか把握できない。しかし、だからこそ、頭で処理が追いつかないうちに心になだれ込んでくる壮大なビジョンに完全に心奪われた。
本作はトム・ハンクス、ハル・ベリーほか豪華俳優陣が各時代でまったく異なる人物を演じていることも話題だ。日本の観客が最も注目するのは、同じアジア人として、韓国の女優ぺ・ドゥナが主役となる2144年ネオ・ソウルの物語だろう。意思を持つことを禁じられたクローン人間として登場し、やがて自分の考えを持って立ち上がり、女神として崇められる存在になっていくキャラクターを、ドゥナは子供のようにピュアな瞳と表現力で演じて強烈な印象を残す。彼女に意思を持つきっかけを与える同じクローンを演じた中国人女優ジョウ・シュンとともに、“素材”としての存在感はこの作品の中でも圧倒的だ。手の込んだ特殊メイクで楽しませてくれる多くのキャラクターの中でも、このアジア人女優2人と、1936年のパートで若き作曲家を演じたベン・ウィショーの生々しさは全編を通してスパイスになっている。1人何役もこなした俳優陣が、嬉々としてあんな姿やこんな姿に変身しているのもとにかく楽しく、“中の人”当てをしているだけでも3時間はあっという間に過ぎてしまう。ただ、緻密でボーダーレスな映画作りをしているわりに、欧米のスターたちに東洋人の顔を与えるメイクではどうして東洋人=吊り目というイメージの壁を乗り越えられなかったのか?という疑問は残るのだが・・・。
6つの物語を繋ぐキーのひとつ、全編通して流れる音楽「クラウド アトラス六重奏」を作曲したのはトム・ティクヴァ監督自身。この映画のビジョンを支えたこの旋律が、ずっと耳から離れない。
▼作品情報▼
クラウド アトラス
原題:Cloud Atlas
監督・脚本・製作:ラナ・ウォシャウスキー、トム・ティクヴァ、アンディ・ウォシャウスキー
原作:デイヴィッド・ミッチェル『クラウド・アトラス』
出演:トム・ハンクス、ハル・ベリー、ジム・ブロードベント、ヒューゴ・ウィーヴィング、ジム・スタージェス、ペ・ドゥナ、ベン・ウィショー、ジェームズ・ダーシー、ジョウ・シュン、キース・デヴィッド、スーザン・サランドン、ヒュー・グラント
配給:ワーナー・ブラザース映画
2012年/アメリカ/172分
©2012 Warner Bros. All Rights Reserved.
公式サイト http://wwws.warnerbros.co.jp/cloudatlas/index.html
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