『汚れなき祈り』カンヌ女優賞に輝いたコスミナ・ストラタン & クリスティナ・フルトゥル来日インタビュー

 近年、世界の映画祭で存在感を増しているルーマニア映画。今年2月の第63回ベルリン国際映画祭でもカリン・ペーテル・ネッツァ監督が『チャイルズ・ポーズ』(英題)で最高賞の金熊賞に輝いたことは記憶に新しい。2007年に『4ヶ月、3週と2日』でカンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)を獲得したクリスティアン・ムンジウ監督は、まさにそんなルーマニア映画界の旗手。3月16日より公開の『汚(けが)れなき祈り』は、ムンジウ監督の注目の新作だ。
 2005年にルーマニアの修道院で起きた悪魔憑き事件をベースにした本作は、同じ孤児院で育った2人の少女が主人公。ドイツで暮らすアリーナは、愛するヴォイキツァと一緒に居るため彼女をドイツへ連れ出そうと国に戻る。しかし修道院で暮らすヴォイキツァは、神への愛とそこでの暮らしに満ち足りていた。孤独なアリーナは、ヴォイキツァを取り戻したい一心で修道院に留まるが、次第に精神のバランスを崩し、やがて悲劇が起こる・・・。
 深い愛で結ばれながらも信仰との間で苦しみ、ひき裂かれる少女という難役に挑んだのは、これが映画初出演となるコスミナ・ストラタンとクリスティナ・フルトゥル。2人の熱演が評価され、本作は昨年のカンヌ国際映画祭で女優賞と脚本賞に輝いた。
 新人女優ながら迫真の演技でカンヌを魅了した2人がこのほど来日。お話を伺った。


‐‐『汚れなき祈り』はルーマニア映画としては初めてカンヌ映画祭女優賞に輝きましたね。まずは受賞された時の気持ちを聞かせてください。

クリスティナ 受賞の瞬間は色んな感情が湧いたんですけど、ぜんぶ吹っ飛んでしまって、とりあえずスピーチしなきゃとステージに上がりました。自分でも何を言っているのか分からないまま話し始めたのですが、後で録画映像を見たらちゃんとしゃべっている自分がいて驚きました(笑)。夢を見ているようでしたね。数週間たってからやっと平静を取り戻して、幸せな気分でいっぱいでした。

コスミナ 賞なんてもらえないと思っていたんです。そんなこと自分にはトゥーマッチだと思っていましたし、受賞なんてしたらそれに対処できる自信がなかったんです。クレイジーな瞬間でしたけど、やっぱり幸せでした。

‐‐クリスティアン・ムンジウ監督の作品で幸運な映画デビューを飾ったわけですが、監督の現場はいかがでしたか?

クリスティナ もう酷い人なんです、耐えがたかったですね・・・って、書いちゃいました(笑)?冗談ですよ。これまでの取材で監督について何一つ悪いことを言ってないので、気分を変えようと思って(笑)。

コスミナ ギャラは太っ腹だったよね(笑)。

クリスティナ そこが良いところよね。カンヌの審査員を買収して賞もいただいたし、パルムドールなんてフェイクだわ。

…と、もちろん全部、彼女たちの冗談。

クリスティナ 実はよく聞かれる質問なので、ちょっとふざけてみました(笑)。

コスミナ・ストラタン

コスミナ ムンジウ監督は、監督としてというより、いつも友人として接してくれました。私には何が必要で、何が欠けているかをよく把握して下さっているんです。監督は「君には何かできないことってあるのかい?」って言うんですよ。最初冗談かと思ったんですけど、実は本気で言っていたみたい。もちろん私にはできないことがいっぱいあるのですが、自信を与えて「できるんだ」っていう気持ちにさせてくれる人なんです。ヴォイキツァは自分で全然決断できない女の子で、なぜ彼女はああなのかと、演じるのが非常に怖いキャラクターでした。もしかしたら、大事な部分を見落とした芝居をしてしまうかもという不安もありましたから。でも私は、監督のおかげで自分に不可能はないという気持ちで取り組めたんです。

クリスティナ ムンジウ監督は、自分が欲しているものを明確に分かっている人。そして、彼が欲するように人を動かす術も心得ています。監督の素晴らしところは、もし私たちの演技が違っても、直接否定的な言い方をせずに上手く気付かせてくれるんです。もちろん間違いを犯すのは悪いことじゃないですが、テイクを繰り返すと時間が無駄になってしまいますよね。監督は制作会社を運営されているので、そうした経営者の視点を持ち合わせながらも、人との関係を大切にしていける方なんです。ムンジウ監督の作品は、非常に過酷なシチュエーションで下手をすれば粗野になってしまう恐れも孕んでいるのですが、彼のデリケートなさじ加減でちゃんと敬意を払える映画になる。それは彼自身が敬意を持って人に接し、映画を作るからだと思うんです。

‐‐ムンジウ監督の作品というと、本作、そして前作の『4ヶ月、3週と2日』にも共通する部分なのですが、ヒロインを観ていると、“なぜもっと自分で考えて行動できないのか?”とフラストレーションを感じます。もちろん、本作のヒロインの背景には、恵まれない生い立ちや育った環境、教育レベルなどさまざまな原因があるのですが、お二人のように教養のある若いルーマニア女性にとって、彼女らのキャラクターはどのように映るのでしょうか?

クリスティナ・フルトゥル

クリスティナ  ストーリーに入り込み、アリーナというキャラクターをすごく愛していたので、私は彼女のことを批判もしなければ分析もしませんでした。あとから考えれば色々と言えるんだけど、頭ではなく心で感じて、体に入り込んできたという感じだったんです。この映画の2人の少女は孤児院育ちで、かなり特殊なケースです。18〜20歳くらいのルーマニアの女の子が皆こうだとは思わないでください(笑)。だから私は、孤児院に子供を置いていくのは止めてほしい、子供を育てることを諦めないでほしい、この映画がそのきっかけになればいいと願っています。孤児院で育ったアリーナたちのトラウマは、一生彼女らに影響を及ぼします。彼女たちは満たされた経験がないまま生きてきたのです。アリーナの人生は否定から始まっています。だから、一番愛しているヴォイキツァにも要らないと言われ、神父や尼僧らにも否定されると、普通なら「じゃあ別の人に」と切り替えができるけれど、アリーナにはそれができない。トラウマはまるで呼吸するかのように、一生ついてまわるんです。

コスミナ 人それぞれ教育レベルや知的レベルは違うので、スイッチを入れ替えるように演じ分けなければいけないと思っています。撮影中、キャラクターについて私と監督が考えたのは、ヴォイキツァが傍観者の立場からある瞬間に友達を助けるため行動を起こすようになっていく、それはいつ、なぜなのか?ということですね。それを観てる人に分かるようにしなければいけなかった。彼女が状況を理解して、自分で決定して、自分でスイッチを入れて行動を起こすという流れを把握する必要がありました。

‐‐最後に、おふたりのキャリアについて。コスミナさんは大学でジャーナリズムを専攻され、ムンジウ監督も活躍した週刊誌“Opinia studenteasca(学生の意見)”でジャーナリストとして活動されていました。クリスティナさんも大学で言語学を専攻されていましたが、その後女優に志を転換したきっかけは何だったのでしょう?

コスミナ 女優に転向した特別なきっかけはないのですが、でも大きな変化がくるとは感じていました。3年間ジャーナリストとして仕事をして、なんだかずっとその道を追求するのは自分に正直じゃないと感じていたんです。ジャーナリストでは自己表現ができないと思って、演技の道を一度試してみようと考えました。それが自分にとって正しい方向であれば、最初から分かるはずだと思いました。それでまた大学に入り直し、今も演技を学ぶ学生です。ただ、やっぱり女優の仕事が私にとって正しい道だったという“お墨付き”が必要だったのですが、この映画に出演したことで、それもいただくことができました。

クリスティナ 私もこれというきっかけは無いのですが、劇場には頻繁に足を運んでいて、わざとらしいお芝居を見るたび「もっと信憑性のある演技が出来る人はいないかしら?」「作り事でもまるで魔法にかけられたようにリアルに見せる演技方法があるはず」と思っていたんです。アマチュアの学生劇団も観てまわったのですがやっぱり違う。じゃあ、自分でやってみたらどうかと考えました。それで大学を卒業後、トランシルバニア地方のクルジュという街で演技を学びました。首都ブカレストや故郷のヤシのような大きな街ではなく、なぜクルジュだったのかというと、それは自由を求めたから。やっぱり子供は親元を離れて自立するのが健全だし、甘やかされていたら成熟できませんから。演劇を始めたのは、やっぱり人間への好奇心からですね。さまざまな事柄がどう人に作用して、なぜ人がそういう行動をとるのかということに興味があるんです。

 信心深く、純朴で、周囲から加えられる力によって悲劇へと流されていく本作の2人のヒロイン。演じたコスミナとクリスティナは役柄とは対照的に朗らかで、流暢な英語でしっかり自分の考えを伝えるクレバーな女性だった。饒舌に意見を述べたあと、「あら、ランチに何か人をおしゃべりにするような物でも口にしたのかしら?きっとカボチャが原因ね」と肩をすくめていた姿がお茶目で印象に残っている。
 映画初出演、もちろん初主演で、いきなりカンヌから最高の栄誉を与えられた2人。世界が注目するルーマニアの映画界でどう成長していくのか、今後の活躍が楽しみだ。

(撮影=鈴木こより)



Profile for Cosmina Sutratan
1984年、ルーマニア・ヤシ生まれ。ジャーナリズムと広告を学び、ジャーナリストやTVレポーターとして活躍。その後ブカレストの舞台芸術・撮影技術大学(UNATC)で演技を学ぶ。これまでにいくつかの短編映画に出演しているが、長編映画出演は本作が初めて。

Profile for Cristina Flutur
1978年、ルーマニア・ヤシ生まれ。ヤシのアレクサンドル・イワン・クザ大学で言語学を学んだ後、クルジュで演技を学び始める。2004年にナショナル・シアター“Radu Stanca”に加わり、女優としてのキャリアをスタート。本作で映画デビューを果たす。




汚(けが)れなき祈り
原題:DUPA DEALURI
英題:Beyond The Hills
監督・脚本:クリスティアン・ムンジウ
出演:コスミナ・ストラタン、クリスティナ・フルトゥル、ヴァレリウ・アンドリウツァ、ダナ・タパラガ
配給:マジックアワー
2012年/ルーマニア・フランス・ベルギー映画/152分
(c)2012 Mobra Films – Why Not Productions – Les Films du Fleuve – France 3 Cinema – Mandragora Movies

公式HP kegarenaki.com
3月16日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

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