『ある海辺の詩人—小さなヴェニスで—』 アンドレア・セグレ監督インタビュー:イタリアにおける“移民”現象は、問題を超えた現実
ヴェネツィアから南下50kmにあるイタリア屈指の港町キオッジャは、“小さなヴェニス”といわれる素朴で庶民的な漁師町。本作はここに暮らす人々と、中国から出稼ぎでやってきた一人の女性の心のふれあいを詩情豊かに描いた物語である。
これまで数多くのドキュメンタリーを手掛けてきたアンドレア・セグレ監督が、今作で劇映画に初挑戦。主演に中国の実力派女優チャオ・タオ(『長江哀歌』)を迎え、異邦人の目線からイタリアにおける複雑な移民感情を映し出した。国内のみならず各国の映画祭で多数受賞。<イタリア映画祭2012>で来日したセグレ監督にお話を伺った。
「移民現象は、もはや問題を超えた現実である」
<イタリア映画祭2012>でも移民問題を扱った作品が多く見受けられ、現在イタリアで最重要課題の一つであることが窺える。セグレ監督は、この移民現象をどのように思っているのだろうか。そしてなぜ、この問題を外国人女性の目線で描いたのだろうか。
セグレ監督:「この移民現象はもはや問題を超えた現実であり、変化であると受け止めています。外国人女性の目線で描いたのは、ドキュメンタリー作家としてのキャリアでもよくやっていたことで、別の視点からこの現象を語りたいと思ったからです。そして、息子の将来のために行動する母親シュン・リーの気持ちは、世界中のどんな人にも理解してもらえるのではないかと思っています」。
——シュン・リーと心を通わせる“詩人”ベーピをイタリア人ではなく、ユーゴスラビア人の移民にしたのはなぜですか。
セグレ監督:「ベーピは外国人でなければならなかった。とはいえ、彼は外国人とは言えないぐらいキオッジャでの生活も長いし、故郷ユーゴスラビアはEU加盟国でイタリアと文化的に近いものがあります。それでも異国からやってきたという過去が、シュン・リーを理解する手段や経験となっています。彼は地元民と移民の両者を理解でき、異文化を受け入れる仲介者なんです。
そして今、イタリアでは移民の子供たちがその役割を果たしています。私の子供が通っている小学校には、様々な人種や国籍の子供が集まっていますが、子供たちの交流の通じて、その親である大人たちも互いの文化に触れ、理解することができるのです」。
「キオッジャは庶民的な生活と、美しい景観がある場所」
キオッジャは監督の母親の実家があり、とても愛着のある場所だという。この土地の魅力と、舞台に選んだ理由を伺った。
セグレ監督:「自分のアイデンティティとも言えるこの場所と潟(ラグーナ)を撮りたいと思っていました。オステリアという居酒屋も実際にありますし、両親はここで漁をして生活しています。ヴェネツィアと同じような感動が味わえる場所ですが、ヴェネツィアが美術館化しているのに対して、キオッジャは本当の生活の場であります。庶民的な生活と美しい景観がある場所です。映画の中にもありますが、海の向こうの遠くに“山”が見える、という奇跡的な風景も見られます。年に3、4回、風が雲や霧を吹き飛ばすために見られる、冬の間にしかない現象です」。
「チャオ・タオは想像以上に優秀でした」
主人公のシュン・リーを演じたのは、中国の巨匠ジャ・ジャンクー監督のミューズであり、『長江哀歌』(06)でヴェネツィア国際映画祭グランプリを受賞している実力派女優チャオ・タオ。繊細で情緒豊かな演技が言葉にならない想いを伝え、観る者の心を揺さぶる。彼女をキャスティングした理由と印象を訊いてみた。
セグレ監督:「中国人女優を探していた時に、以前に見て、何となく記憶に残っていた『長江哀歌』を改めて見直したんですが、最初の10分で自分が探していたのは彼女だとわかりました。彼女は想像以上に優秀でした。(演技は)シンプルに見えるけど、深いものを感じさせる。自分の感情をとても繊細に伝える役でしたが、彼女はそれを完璧に演じて見せてくれたと思います」。
本作『ある海辺の詩人—小さなヴェニスで—』は、3月16日(土)より、シネスイッチ銀座他にて全国順次公開
(取材後記)
想像を超えるスピードで国際化が進んでいるイタリア。ミラノでは2番めに多い姓が中国系の<フー(胡)>というから驚きだ。(参考:La Repubblica)今や都市部だけでなく、どんなに小さな田舎町でも中国系移民を見かけるという。そういう状況を反映してか、昨年のイタリア映画祭では移民をテーマにした作品が多く見受けられた。本作は、セグレ監督の「移民現象は問題を超えた変化」という受け止め方が表れている作品だと思う。いま起こっている “変化”を多角的に見つめ、きめ細やかな演出で静かに語りかけてくる。そのアプローチに知性と懐の深さを感じた。
アンドレア・セグレ Andrea Segre
1976年、イタリア・ヴェネト州生まれ。ボローニャ大学を卒業後、数多くのドキュメンタリー作品を監督。社会学の研究者でもあり、10年以上にわたり移民問題についての調査・研究に取り組んでいる。本作が劇映画デビュー作となるが、ヴェネチア国際映画祭、イタリア・アカデミー賞はじめ世界中の映画祭で高い評価を得ている。
『ある海辺の詩人—小さなヴェニスで—』
監督・原案・脚本:アンドレア・セグレ
出演:チャオ・タオ、ラデ・シェルベッジア、マルコ・パオリーニ、ロベルト・シトラン、ジュゼッペ・パッティストン
原題:IO SONO LI
製作:2011年/イタリア・フランス/99分
配給:アルシネテラン
公式サイト:www.alcine.com/umibenoshijin/
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