『ゼロ・ダーク・サーティ』ビンラディンを捜索せよ!CIA分析官を駆り立てる狂気

結末に触れております。これから映画をご覧になる方はご注意ください。

誰が想像しただろうか。9.11テロの首謀者とされたオサマ・ビンラディン殺害のニュースが発せられてから2年と経っていないのに、このような映画が作られるとは。監督は『ハート・ロッカー』のキャスリン・ビグロー。脚本家のマーク・ボールとビグローは、綿密なリサーチの結果掴んだ真実を基に、驚嘆すべき作品を作り上げた。

主人公はCIAの若き情報分析官、マヤ(ジェシカ・チャステイン)。ビンラディン捜索のためにパキスタン支局に赴任した彼女だが、そこは過酷な現場だった。情報を得るために捕虜へ拷問を繰り返し、精神的に参って帰国する同僚。爆破テロで散っていった仲間。責任を問われ去って行く支局長。マヤの周りは人の流動が激しいが、彼女だけはブレずにひたすら任務を続ける。錯綜する情報、おびただしい数の尋問や拷問の映像、危険な駆け引き、度重なる脅し。そんな状況で孤軍奮闘する彼女の執念は、観る者を当惑さえさせるかもしれない。

一体、その執念はどこから来るのか。正義のためか。死んでいった仲間のためか。高卒でCIA入りしてからビンラディン捜索一筋で邁進してきた自身の達成感のためか。

どれも一理あるのだろう。けれど、最大の理由は別にある気がしてならない。及び腰なパキスタン支局長に対し、彼女が「何もしないことに対するリスクをどう考えるのか」と詰め寄るシーンがある。彼女にとっては、「何もしないことが悪」なのだ。CIAテロ対策チーフが「巨額を費やし更なる犠牲者を出しながら、まだ結果を出せないのか」と檄を飛ばすシーンとも重なる。成果主義などと生ぬるいものではない。マヤもCIAも米大統領も、この件については結果を出さなければならない、絶対に。それが彼らのメンツ、ひいてはアメリカという国家の威信なのである。

であるがゆえに、それからの進行はどうも薄ら寒いものに見えてくる。とうとうビンラディンの隠れ家らしきアジトをパキスタン・アボッターバードに見出したマヤだが、写真撮影もDNA採取もできず、本人潜伏の確たる証拠は提出できない。彼女だけが100%と言い切るが、チームの他の面々は60%と言い濁す。にもかかわらず、米国はついにビンラディン捕縛にGOサインを出す。2011年5月1日。ゼロ・ダーク・サーティ(0:30)に米軍SEALsによる作戦が始動。レーダーが感知できない輸送機でパキスタン上空を飛び、漆黒の闇の中で屋敷を急襲する。彼らに敵を生きて捕縛するという選択肢はない。男女問わず立ちふさがる人間を次々と射殺し、目的を遂げた後は速やかに死体と証拠物品を押収。パキスタン軍が来る前に飛び立つと言う手際だ。作戦は成功、マヤは損傷した死体を確認し「彼」であると静かに頷く。

でも、どうもスッキリしない。果たしてどれだけの確信で殺害作戦に踏み切ったのか?そもそも彼は本当にビンラディンだったのか? 他国に侵入し裁判にかけることなく殺害することは是なのか? そして、目の前で親を惨殺された子どもたちの未来は……? 

オバマ大統領は、全世界に向けて「ビンラディン殺害」を発表した。詳細は我々にはわからない。しかし、その死体は本人であると言うことで終止符が打たれた。そうでなくてはならないのだ。

一部では、「オバマの手柄を喧伝する映画だ」などと言われているようであるが、見ればそうでないことがわかる。主人公マヤも、決して英雄として描かれていない。任務を終えたラストシーン、「これからどこへ行く?」との質問された彼女は何も答えず、ただ涙を流すだけである。ビンラディン追跡にかけた10年、彼女は何を思うのか。私には、その視線の先に、任務を果たしても尚答えの見えない空虚さがあるような気がしてならない。

▼作品情報▼
監督: キャスリン・ビグロー
脚本: マーク・ボール
出演: ジェシカ・チャステイン、ジェイソン・クラーク、ジョエル・エドガートン
2012年/米/158分
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公式HP http://zdt.gaga.ne.jp/

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