【TNLF】ダーク・ホース

風変わりな登場人物たちによる、シュールで真面目なラヴ・ストーリー

Dark_Horse_Stills 日常とは異なるコペンハーゲンの街を撮りたかった。そうダーグル・カウリ監督が語るように、少し粒子の粗いモノクロの映像が美しい。高層アパートの傍らに建つ、ヒロインフランチェスカの住むこじんまりした可愛い家。フランチェスカのおばあちゃんの住む、都会とは思えない田舎風の小さな家。カフェの前の通りに突然現れる象たち。車の前方に突然現れる跳ね橋。どこか不思議な風景である。

登場人物たちも皆ちょっとだけ風変わりだ。主人公ダニエルは、壁画アーティスト。自分自身は孤独なのに、他人の愛の告白を壁画にして微々たる収入を得ている。もちろん違法、もちろんアパートの家賃も滞る。ガソリンを空き瓶に入れて買い、燃料タンクに移して車を走らせる。その行為自体が、彼の日常生活そのものを象徴している。少しずつガソリンを足し足し歩く人生。

友人のじいさん(Morfarあだ名で母方のじいさんの意)は、最後まで本当の名前が出てこない。サッカーの審判に憧れていて、いつも審判のユニフォームを着、ホイッスルを首からぶら下げている。試合を見ていても、審判のほうにしか目が行かず、ダニエルに本当にサッカーが好きなのかと疑われる。すべてが本末転倒の人なのだ。

「パイが歩いていく」フランチェスカの登場シーンはここから始まる。じいさんが訪れたパン屋さんに勤める彼女は、マジック・マッシュルームをやっていて、幻覚を見ている。大袈裟すぎる名前だからと、自分の名前をフランクと呼ばせているのだが、その名前のとおり気取らない性格で、ダニエルが突然家を訪ねると、バスタオル一枚で現れたりするのである。彼らの父親、母親、祖母たちも、どこか子供っぽいところがあり憎めない。アウトローへの監督の視線が温かい。この映画の原題は『大人になった人々』けれども大人って一体何だろうか。それがこの作品のひとつのテーマとも言える。

ストーリーは、小さな章ごとに分かれていて一話完結で進んでいくのだが、基本はダニエルとフランチェスカのラヴ・ストーリー。象が目の前を歩いていても、彼女に夢中なダニエルはそのことに気がつかないという、シュールな表現が面白い。TNLFで上映された監督インタビュー特別映像によれば、このシーンに一番お金がかかったとか。「低予算の映画でも、どこかにお金をたくさんかければ映画が良くなるって映画学校で教わったんだ」そうである。

物語が転調するのは、ダニエルがおとり捜査にひっかかり、壁に絵を描いているところを現行犯逮捕されたところから。判決文を読み上げた判事とダニエルの人生がなぜか交差し逆転していく。誰にも完璧な大人に見えたはずの判事の人生は狂い始め、無軌道に歩いてきたダニエル、負け馬だったはずの彼が本物の愛を見つけ出す。『ダーク・ホース』(本作の英語タイトルで、監督のニック・ネームでもある)とは、このことを指している。彼が愛に目覚めるシーンは、この映画唯一の鮮やかなカラー映像。それが抜群の効果を発揮している。彼が大人になったとは言わない。判事を見ればわかるとおり、大人なんていうのは幻想に過ぎないからだ。ただ、愛を見つけた彼はほんの少しだけ成長するのである。もちろんそのことの意味はとても大きいのだが。



▼『ダーク・ホース』作品情報
原題:Voksne Mennesker
英題:Dark Horse
監督:ダーグル・カウリ
音楽:スロウブロウ
出演:Jakob Cedergren/Nicolas Bro/Tilly Scott Pedersen
制作:2005年/デンマーク・アイスランド/106分
受賞: 2005年アイスランドアカデミー(エッダ)賞、最優秀作品賞、音楽賞ほか、4冠
第58回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門公式出品作品


☆関連情報

「トーキョーノーザンライツフェスティバル2013 ~北欧の美しき光(映画)に魅せられる1週間~」



▼「トーキョーノーザンライツフェスティバル2013」概要
期間:2013年2月9日(土)〜2月15日(金)
場所:渋谷ユーロスペース
JAPAN PREMERE5本を含む14作品上映!今年も内容盛りだくさん、魅力いっぱいの「トーキョーノーザンライツフェスティバル2013」スケジュールの詳細、イベント、最新ニュースについては、下記公式サイトでぜひご確認ください。
公式サイト:トーキョーノーザンライツフェスティバル 2013