スペイン・アカデミー賞受賞『悪人に平穏なし』エンリケ・ウルビス監督インタビュー:「この映画で描いているのは、一人ひとりのちょっとした間違いが悲劇に繋がってしまうということ」
2012年のゴヤ賞(スペイン版アカデミー賞)で作品・監督など6部門に輝いた『悪人に平穏なし』が2月9日(土)から公開される。主人公のサントスは、元特殊部隊にいた精鋭ながら、現在は第一線を外れ、行方不明者捜査課にいる捜査官。泥酔して立ち寄ったバーで、コロンビア人のオーナーら怪しげな3人の男女を撃ち殺してしまう。1人を取り逃がしたサントスはその男の行方を追うが、背後にある犯罪組織の企みに行き当たって……というハードボイルドなサスペンス。そこには善と悪の曖昧さ、社会の落とし穴や矛盾といった普遍的な事柄の暗喩がある。エンリケ・ウルビス監督に、作品に込めた思いを伺った。
―本作は2004年3月11日に起きたマドリッドの爆弾テロ事件をベースにしているとして話題になりましたが、この映画からは、「備えておけば防げたのでは?」ということを提起しているようにも受け取れました。
監督 爆弾テロからインスピレーションを得ているのは確かですが、この作品で描いているのは、人間一人ひとりのちょっとした間違いが、最終的に悲劇に繋がってしまうということなんです。 04年の事件に限らず、スペイン社会で実際に起こったことを組み合わせて作り上げていきました。それぞれの組織の中で自分の仕事をきっちりこなしている人が、何らかの間違いで悪い方向へ転がってしまう。逆に主人公は、図らずもテロ事件を防ぐ方向へと転がっていく反対のパターンなんです。この映画のテーマは“秩序と混沌”だとも言えますね。
―そそもそもこの映画を撮ろうと思ったきっかけは?
監督 警察ものの小説をよく読むのですが、チェスター・ハイムズというアフリカ系アメリカ人の作品に“Corre,hombre”(英題は“RUN MAN RUN”)という小説があり、そこにこの映画と同じような設定が出てくるんです。酔った白人警官が夜中に黒人を撃ち殺し、そこから逃げ出した1人を追いかけて殺そうとする。なので、この映画の冒頭は、実はそれをそのまま落とし込んだようなものなんです。警官というと、だいたいヒーロー的な扱いをされますが、本作では殺し屋という役回り。ただ、この殺し屋が唯一、最悪の事態を回避できる人物でもあるところが面白くて、その小説を読んで今回のような構成にしてみました。
―徐々に色々な事情が分かってくるのですが、序盤は本当に主人公が極悪人にしか見えないので珍しい映画だと思って拝見しました。
監督 この作品には、“主人公に救いを”という意図はまったく込めていません。でも、実はサントスは孤独な人間で、一度は家族を持ったけれどもそれを失ったという事情がところどころで垣間見える。それに、彼がかつて素晴らしい警官だったということも、同僚たちが彼を尊敬しているというところから分かるようになっています。ただ、そういったことすべてに明確な答えを用意しているわけではありません。観客に考えてほしい。人を殺したサントスだけど、色んな事情が見えてくることで倫理的な矛盾を問いかけてみたかったんです。
―家族の喪失もそうですが、過去にサントスがコロンビアで関わった事件が現在の荒んだ生活の発端になっている。けれど、その事情も具体的には出てこないですよね。彼がバーで起こした殺人はコロンビアと繋がりがあるのか?と思われますが、そこにも説明はありません。
監督 私の考えを言うと、最初に彼が引き起こす事件は偶然の産物なんですよ。実際、コロンビアのコカインがアフリカのセネガルを経由して入ってくるというコネクションは存在します。そして、それがテロの温床になっているということも確かです。それと主人公が過去にコロンビアにいたという話も確かに繋がってはいるのですが、事件は偶然。でも、「いや、そうじゃないでしょう」と思う観客がいるかもしれませんね。
―そうだったんですか。私は色々と深読みしてしまいました。
監督 それは良かった(笑)。
―最初にサントスが登場する椅子に腰掛けたシーンと、最後のシーンのポーズが同じというところなども、演出意図に思いをめぐらせてしまいます。
監督 最初と最後のポーズの一致は、“結局のところ、彼は最初から死んでいるようなもの”だということです。“デッドマン・ウォーキング”なんていう言葉もありますが、そういう意味です。手にしている銃は、サントスにとってかけがえの無い伴侶のようなもの。あのシーンで無造作に扱っているのは、彼と武器の親密な関係を表しています。彼は最初から死んでいるという暗喩。そして、夜のシーンから始まって、昼のシーンで終わるというのも、サントスの行動の流れとして最終的に完結していると考えています。
―では、『悪人に平穏なし』というタイトルはやはりそんな主人公の姿を表している?
監督 確かに主人公を表すタイトルでもありますが、ただ、彼のことだけではなくて、“自分の仕事をちゃんとやらない人”、“社会に害を与える人”のことすべてを表しています。 劇中、ある警官が登場するのですが、彼は全ての情報を把握し、状況をコントロールしていると自負している。でも、結局は彼が一番の悪なんじゃないか?……といったことも実は示唆してるんです。
―本作はマドリッドの爆弾テロ事件ばかりを描いたものではないというお話でしたが、日本人が東日本大震災を思うように、スペインでは「3.11」というとこの事件を思い出す。そうした社会的なトラウマに触れる映画を作るとき、心に留められたものはどういうことでしょうか?
監督 多くの被害者がいらっしゃるので、そうした方々を傷つけることなく、3月11日の事件をそのまま扱った映画を撮るのは正直無理だと思っています。ただ、この映画は現実から物事を出来るだけ切り取り、真実味のある1本の映画として社会に紹介し、人々の共感を得ることを目的にしています。最も困難だったのは、犠牲者や関係者を傷つけることなくリアリティを持たせ、かつ、観客を納得させということを同時に行うこと。結果として、ご覧になられた警察の方からは、面白かったし描かれている内部事情も共感できる話だと評価していただきました。
―見事、ゴヤ賞受賞にもつながりましたね。
監督 賞をいただいたことで観客数も飛躍的に伸び、さらに海外でも配給されるようになりました。おかげさまで、それ以来ずっと休む暇も無く、1年ほどたってやっと次回作の構想を練ったり、シナリオを書いたりする時間が取れるようになりました。
―次はどんな作品を準備されているのですか?
監督 やはり現代のスペイン人社会をテーマに撮りたいと考えています。『悪人に平穏なし』よりはユーモアに富んだ映画を作りたいですね。いま、経済問題が大変深刻ですが、そうした中で、いわゆる上流階級と一般市民がどういう状況にあるのか。今ヨーロッパ全体で起きている、“全員が全員の敵である”というような社会状況を、ピカレスク小説的(※)な手法を用いて映画にできればと思っています。
(※ピカレスク小説:下層階級出身の主人公が、1人称で様々な社会的事件に出会った経験を述べていく小説)
謎めいた人物が複雑に相関図を形成していく『悪人に平穏なし』。スペインの社会や治安状況に馴染みの薄い日本人には、予備知識が無いと最初は少々難しく感じられる内容かもしれない。しかし、全編にわたって持続する緊張感と、いい面構えのキャラクターに惹かれ、目が離せなくなる。何度も見直して様々な想像を膨らませたくなるよく練られたサスペンスだ。ウルビス監督には、これからも映画を通じてスペインの様々な側面を見せていっていただきたい。
Profile
Enrique Urbizu
1962年スペイン・ビルバオ生まれ。1980年代に数々の短編映画を監督した後に長編映画デビュー。ロマン・ポランスキー監督、ジョニー・デップ主演の『ナインスゲート』(99)や『砂の上の恋人たち』(09)では脚本を担当している。また、マドリッド・カルロスⅢ世大学映像学部で講師も務め、後進の指導にも当たっている。
▼作品情報▼
悪人に平穏なし
原題:No habra paz para los malvados
監督・脚本:エンリケ・ウルビス
出演:ホセ・コロナド、ロドルフォ・サンチョ、エレナ・ミケル、フアンホ・アルテロ
配給:シンカ
2011年/スペイン/114分
© 2011 Lazona S.L.U, Telecinco Cinema, Manto Films AIE
http://www.akuninheion.jp/
2月9日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開