よりよき人生

どん底の人生でも、愛があれば生きていけると信じたい

学食の調理人ヤン(ギヨーム・カネ)はシェフになるのを目指し、就活中にレバノン系移民でシングルマザーのナディア(レイラ・べクティ)と出会い、即、恋に落ちる。彼女の9歳の息子スリマン(スリマン・ケダビ)はすぐにヤンと打ち解ける。ある日、ヤンは湖畔で偶然見つけた廃墟をレストランに改修して開業しようと思い立つ。だが資金調達のメドが立たず、消費者金融に手を出し、瞬く間に多重債務者に。それでも開業に執着するヤンは、借金地獄にならないために店を手放せとのカウンセラーの助言にも耳を貸さない。そんな状況でヤンとナディアの関係もぎくしゃくし、高収入を求めた彼女は息子をヤンに預けてカナダへ向かうが、なぜか消息を絶ってしまう・・・。

自分の才能を過信し、直感的にレストランを開業しようと思い立ったはいいが、結果、借金地獄に陥るヤンに、無謀だという辛辣な意見も出よう。彼の見通しの甘さは、完全な自己責任だ。この映画、もしや「リボ払いには注意しよう」という啓蒙映画ではないか?と思うほどの、ヤンの絵に描いたような転落ぶり。悪質な仲買人からの取り立て、公的制度も彼を助けてくれない。そのうえ、スリマンを守らなければならない。日に日に状況は悪化し、八方塞がりのヤン。

そんなヤンを単に自業自得と叩くだけでいいのか?本作は、彼の無鉄砲さを非難しているわけではない。他方、フランスのセーフティーネットや新自由主義的風潮、そこから生じる貧富の格差を批判するものでもない。人生の最悪な時、人は何を考えるのだろうか?誰を想うのだろうか?――セドリック・カーン監督は、厳しい社会の現実を描きつつも、底辺から人生の拠りどころを探そうとするヤンを暖かく見つめる。

ヤンが最悪な状況なりに選んだ行動は、人間まだまだ捨てたもんじゃないと思わせてくれる。それに彼の無鉄砲な性格は、裏を返せば行動力があるとも言える。短所と思えたその部分が、後半は素晴らしく威力を発揮して、ささやかな希望を抱かせてくれるのが、何とも清々しい。

自分の人生なのに自分だけではどうにもならないやり切れなさを、誰もが多少なりとも感じている。それでもどこかで折り合いをつけながら、生きるしかない。そんな言い草では世知辛いと憤る人もいるだろうが、それが現実。それに何かを始めようという時は、先立つモノが必要な場合がほとんどだ。悲しいかな、夢や情熱だけでは食ってはいけない。

ヤンのシェフになる夢は、絶望的なまでに遠のいた。でも夢に裏切られても、彼にはナディアとスリマンへの愛が残っていることに気づく。ヤンが愛する人を抱き寄せて口にする「ジュ・テーム」が何と心に響いたことか。愛を支えに、どん底からの“よりよき人生”を再出発できる。限りなく面倒な状況に陥っている彼らなのに、愛されているナディアやスリマンが羨ましかった。また、二人を愛するヤンが頼もしく感じた。資金繰りが上手くいかずに関係が悪化したヤンとナディアだが、さらにどん底に落ちた者同士に残されたのが愛というのは、素敵な皮肉だ。愛があれば、何とか生きていけるんじゃないか。まあ、竹○平蔵氏が本作を観たら「けっ」と唾棄されそうだな・・・なんて感じつつも。でも、こんな寒々しい時代だからこそ、せめて愛に望みを託したい、愛は失いたくないと思ったって、いいじゃないか。

ちなみに2011年の第24回東京国際映画祭で、筆者が観た作品中ベストだったのが、コンペティション部門出品の本作。このときのグランプリは大ヒット中の『最強のふたり』で、本作は惜しくも無冠に終わったが、こうして劇場公開が決まり再会できて、本当に嬉しい。グランプリが“ふたり”なら、こちらは“最強の三人”だ!!人数はこちらが勝っているんだ!! ・・・とつい勝手に張り合ってしまいたくなるくらい(?)、素敵な作品だ。

▼作品情報▼
監督:セドリック・カーン
出演:ギヨーム・カネ、レイラ・べクティ、スリマン・ケダビ、ブリジット・シィ
原題:Une Vie Meilleure
2011年/フランス・カナダ/35mm・デジタル/カラー/111分
後援:フランス大使館
配給:パンドラ
(C)Jean-Claude Moirea
公式サイト:http://yoriyoki.net/
2013年2月9日(土)新宿武蔵野館ほか全国順次公開!

トラックバック URL(管理者の承認後に表示します)