『二郎は鮨の夢を見る』デヴィッド・ゲルブ監督インタビュー:「忠実に、リスペクトをもって撮ろうとしていることを、ちゃんと分かってくださった。良い信頼関係が築けたと思います」

「初めて鮨を食べたのは2歳の時。日本でした。ベビーカーに乗っている僕の口に母がカッパ巻きを放り込んだのが最初です(笑)」
米ニューヨーク出身の映像作家、若干29歳のデヴィッド・ゲルブ監督は、ちょっと冗談交じりにそんな鮨との馴れ初めを語ってくれた。
2月2日(土)日本公開となる監督初の長編ドキュメンタリー映画『二郎は鮨の夢を見る』は、「ミシュランガイド東京」で3年連続、最高評価の三つ星を受けている「すきやばし次郎」の職人たちに密着し、妥協を知らない仕事への情熱と生き様を真っ直ぐに見つめた作品だ。
PRのためゲルブ監督が取材に応じてくれたのは、昨年12月の上旬。その少し前に『レ・ミゼラブル』のプロモーションで来日していたヒュー・ジャックマンのお気に入りということもあり、「すきやばし次郎」はいくつかのテレビ番組でも取り上げられた直後だった。初代店主の小野二郎さんは1965年に銀座・数寄屋橋に店を構え、以来、ずっと同じオフィルビルの地下で鮨を握りつづけている。カウンター10席ほどのこの小さな店が世界中の著名人を魅了してきたのには、特別な何かがある――。監督は、「すきやばし次郎」にどんな夢を見たのだろうか。


「もともと鮨は、これまで僕が口にしたなかで大好きな食事のひとつ。BBCのネイチャードキュメンタリー『プラネット・アース』を見た時、美しい映像で時間経過をハイスピードで見せたり、クールな音楽をあてたりして、鮨がテーマでもこんなドキュメンタリーが撮れるんじゃないかと思いました。そうすれば仕事として鮨もいっぱい食べられる(笑)」と振り返ったゲルブ監督。当初は4~5人の鮨職人を取材するつもりだったそうだが、料理評論家・山本益博さんのアドバイスで「次郎」を訪れ、衝撃を受ける。「“鮨ってこんな風になるの?!” と、まるで初めて口にしたような感動を覚えたんです。味のみならず、二郎さんの個性や哲学、仕事に対する姿勢などに感銘を受けて、これは面白いストーリーになると感じました」。いっぺんで「次郎」の鮨に魅了された。
 シャリとネタから成る鮨というシンプルな食べ物。「良い米と新鮮なネタを使えば、十分に美味い鮨が提供できるんじゃないの?」と、普段から良いものを食べつけていない残念な舌を持つ筆者は考えていたのだが、そんな顕著に違いが分かるもの?
「すぐに味のバランスの違いが分かりましたね。たぶんシャリが違うんです。軽くてふわふわした食感で、決してベタベタしていない。ネタとのバランスがパーフェクトで、素材の本当の味が分かる。例えばイカですが、ああ、こういう味がするのかって『次郎』の鮨を食べて初めて感じられた。他のネタについても同じです」
好物とはいえ、ここまで鮨の良し悪しに精通している外国人の若いゲルブ監督のバックグラウンドにも興味をかき立てられる。
「僕が味の分かる舌を持っているとすれば、それは母親が料理本も出しているフードライターだという影響が大きいと思います。小さい頃から美味しいものばかり与えられて育ったし(監督はお母様が“feed me”した…と表現)、美味しいものを食べるということが家族の中でとても大切にされていたんです」
本物の魅力を伝えることを大切にする監督は、食を仕事にする母親だけではなく、メトロポリタン・オペラ総裁を務める父ピーター・ゲルブ氏のDNAも受け継いでいる。『二郎は鮨の夢を見る』では、小野二郎さんと2人の息子、二代目店主の長男・禎一(よしかず)さん、六本木店店主の二男・隆士(たかし)さんの師弟関係もじっくり見つめているが、同様に偉大な父親を持つゲルブ監督は、この2人の息子さんにも尊敬の念を覚えるという。
「禎一さんは、若い頃は別の仕事をしたかったそう。でも、おそらく父親に言われて『次郎』で働くようになり、技術を磨いていった人なんです。いずれ本店を継ぐという責任とプレッシャーは大きいし、偉大な父親と横並びで比較されてしまいます。隆士さんの方は小さい頃から鮨職人になりたかったそうですが、1つの店に2人のボスは要りません。六本木に自分の店舗を持つわけですが、そこにも、経営を成り立たせ、顧客を増やしていくという大変な仕事が待ち構えています。私はそんなプレッシャーに耐えられないので父と同じ道を選びませんでしたから、大変な道を選び、素晴らしい職人になられた2人の勇気を尊敬するんです」
『二郎は鮨の夢を見る』では、二郎さんをはじめ、禎一さん、隆士さんからもじっくりと話を訊き、鮨職人としての哲学から、家族関係に及ぶ本音をも美しい映像の中に静かに浮かび上がらせる。そして、アメリカからやって来た1人の青年に心の内を吐露する職人たちの表情が、不思議なほど穏やかで優しいことも印象に残る。
「インタビューの映像は、撮影の最後にもってきて撮ったものなんです。そうすることで、聞き手としての自分もより多くの知識を蓄えておくことができるし、良い質問ができれば、答えもおのずと面白いものになってきますから」とゲルブ監督。もちろん、気を配ったのはインタビューのスタイルだけではない。
「何よりも心を砕いたのは信頼関係を築くことですね。撮影に入ってからも、しばらくはお店にカメラを持って行きませんでした。店内の撮影では、厨房にいる私の存在にまず慣れてもらいたかった。実際にカメラを持っていった時に、その存在を気にせずいてもらえるぐらいにしたかったんです。私の日本語はヘタクソですが、『おはようございます!』など折を見て日本語を使う努力もしました」
職人をリスペクトする姿勢は、取材協力者の心も動かした。
「今回、コーディネーター兼通訳をお願いした方々にも大変なご協力をいただいて、皆さんとの関係を築くことができたんです。また、二郎さんに家族のことであったり、パーソナルな内容をインタビューする時には、山本益博さんに聞き手になっていただいたりしました。二郎さんと山本さんは長年の友人ですから。でも、二郎さんは、私が皆さんの物語を忠実に、リスペクトをもって撮ろうとしていることも、ちゃんと分かってくださった。とても良い信頼関係が築けたと思います」
『二郎は鮨の夢を見る』には、“外国人が映す日本”にありがちな誇張されたオリエンタリズムや演出は一切ない。まるで「次郎」の鮨のように、シンプルで無駄がなく、鮨を愛する監督の眼差しと職人の心がレンズを通して交差するかのようだ。日本人の私たちが忘れてしまったかもしれない「鮨」という偉大な文化。それを再発見させてくれるドキュメンタリーが、若い米国人監督の手によってこうして誕生した。

 


〈取材後記〉
以前、オリーブオイルをテイスティングさせていただく機会があった。本当にピュアで高品質のオイルはどれか?というお題を受けて、通常のスーパーや飲食店で安価に出回っているオイルに慣れている参加者は、雑味の多い事故オイルを「美味しい」と選んでしまった。「すきやばし次郎」の味を知ってしまったゲルブ監督は、その後、いくら大好きとはいえ海外で鮨を食べなくなったとか。良いものが分かる舌は、日頃から良いものを吟味して口にするから培われる。決して贅沢が良いと言っているわけではない、本物を選び取れる力というのは、日々の積み重ねであることを感じた次第。それは映画を観る目についても同じことが言えるのだろう。

 





デヴィッド・ゲルブ
David Gelb
1983年10月16日、米ニューヨーク生まれ。父親はメトロポリタン・オペラ総裁のピーター・ゲルブ氏。南カリフォルニア大学映画制作過程を卒業後、ミュージックビデオ、短編映画、ドキュメンタリーに取り組む。フェルナンド・メイレレス監督作『ブラインドネス』(08)の製作の裏側を追ったTVドキュメンタリー“A Vision of Blindness”(08)をフランシスコ・メイレレスと共同監督して高い評価を得る。子供の頃から何度か来日し、高校生の時には語学プログラムで滞在したこともある(本人談)。

 





二郎は鮨の夢を見る
英題:Jiro dreams of SUSHI
監督・製作・撮影:デヴィッド・ゲルブ
製作:ケヴィン・イワシナ、トム・ペリグリーニ
出演:小野二郎、小野禎一、小野隆士、山本益博
配給:トランスフォーマー
2011年/アメリカ/82分
© 2011 Sushi Movie,LLC

2月2日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、ユーロスペースほか全国順次公開
公式HP:www.jiro-movie.com

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