人生、ブラボー!
ある日、自分と血の繋がった子どもが533人いると聞かされたダヴィッド、42才独身。それは彼が2年に渡り精子提供した結果、生まれた子供たちだった・・・。『人生、ブラボー!』の舞台はカナダのモントリオール。ダヴィッドはなぜ、2年間に693回(!)も精子提供を行ったのか?
彼の行為への反応は「バカか?」「よくそれだけ抜けるな」「見も知らぬ男から産まれてきた子どもたちが可哀想」だろうか。または、「彼の精子提供で、子どもたちがこの世に産まれることができた」「子供が欲しくても叶わない多くの人の願いに応えた」だろうか。
そして、あなたはこの映画をスクリーンの中のファンタジーとして見るだろうか、それとも日本でも起こりうるケースと見るだろうか。
ダヴィッドはどちらかと言うと「ダメ男」か。家業である精肉店でなんとなく日々仕事をこなし(実はこなしきれていないのだが)、サッカー以外あまり趣味もないのに多くの借金を抱え、悪質な取り立てに遭う始末。日本と違うところは独立の意識だろうか。ダヴィッドは自分で部屋を借りて自活している。お調子者で憎めない彼にはチャーミングでしっかり者の恋人、婦人警官のヴァレリーがいる。彼女は妊娠するが、「生活や態度を改めなければ父親になる資格はない、自分ひとりで育てる」とダヴィッドを突き放す。
そんな矢先、ある弁護士から、彼が1988年から約2年に渡り地元の精子バンクに提供した精子が優良だったため、クリニック側がすべてを希望者に提供してしまったこと、そして彼の精子で産まれた子どものうち142名が“スターバック”の身分開示を求め、裁判を起こすと知らされる。
この映画の原題でもある“スターバック”とは、ダヴィッドの精子に付けられた名前のこと。世界に20万頭の子どもたちがいるカナダの超優良種牛の名前に由来する。ダヴィッドはすでに533人の子どもの父親だったのだ。
■精子提供をめぐる各国の事情
2011年、アメリカで1人の優良精子ドナーから150名もの子どもが生まれている(そして数は増え続けている)ことが分かった際、知らずして同じドナーの父親を持つ子どもたちが近親相姦となってしまうことを危惧する声が大きくなった。アメリカでは精子バンクが合法で、ドナー提供による人工授精や体外受精、非婚者や同性愛者の妊娠例が珍しくはないからだ。本来1人の精子からのドナー提供は25人までといったガイドラインもあるが、それを規制する法律はない。
昨年日本のテレビでも放送された、オランダでのリポートもある。精子ドナーから産まれた子どもたちが父親を探すものの、当時のデータが保管されていなかったり、連絡がつかないというケースがほとんど。しかし、その過程で子どもたちの多くが異母兄弟・姉妹を見つけ、新たな繋がりが生まれた。オランダは、今では身元開示に承諾するドナーからしか精子提供を受け付けていないとのこと。2010年のデータでは、精子提供で産まれた子どもに出自を知る権利を保証する法律は欧8カ国とニュージーランド、オーストラリアの3州にあり、情報開示は世界的トレンドになってきている。
日本でも近年、精子だけではなく、卵子提供を受ける人が増えている。政府はそのニーズに国内で対応することはおろか、まるで需要はないかのように、自身で高いリスクとコストを負担し海外で施術を受けることを国民に強いている。少子化対策を謳いながら、不妊治療も保険対象外では事態は改善しないだろう。日本における生殖医療の遅れは、精子提供のあり方がネガティヴに捉えられ、まるで秘密裡に行われてきた歴史にもよるものではないだろうか。
2012年に出版された「精子提供 –父親を知らない子どもたち-」(歌代幸子著・新潮社)では、限られた病院で、婚姻関係にある夫婦にのみ匿名の医大生らによる精子提供が行われた例が紹介されている。そこからは、出自や父親と血縁関係がないことを子どもに明かさぬよう奨励したことにより、親と子の双方に負担と痛みを強要し、恥ずべきものであるかのような意識を植付けたことがわかる。同著の中で、自民党の議員有志が、卵子提供や代理出産など第三者がかかわる生殖補助医療を条件付きで容認する法案の素案をまとめるという法整備への動きについて次のように触れている。
「素案では、精子・卵子・胚提供による体外受精を認め、親子関係の法整備について言及している。だが、提供は原則として匿名とされ、『出自を知る権利』については明言されていない」
■子どもの幸せの拠り所~『キッズ・オール・ライト』より
秀作『キッズ・オール・ライト』(10)では、レズビアンの夫婦と、同じドナーの精子で産まれた十代の子ども2人が暮らす家族の間に、精子ドナーである遺伝上の“父”と会ったことから波乱が起こる。
同作には、遺伝上の子どもたちから連絡をもらい、会うことを快諾したドナーの男性が「大学は中退したんだ」とさらりと言ってのけ、提供を受けたレズビアンの夫婦が唖然とするシーンがある。中流以上のインテリ・カップルとしてはIQや学歴を重視したことは想像に難くない。そもそも精子バンクを介してではドナーの性格や私生活がどうかまでは知る術がない。『キッズ・オール・ライト』でも、最初は新鮮味もあり家族とドナーの関係は良好に見えたが、母たちの思惑も絡み、微妙な展開になってゆく。それでも自分たちのルーツを知ったことは、子どもたちの情緒を安定させ、拠り所をもたらしたと感じさせる。
監督リサ・チョロデンコ自身も精子提供を受け、妊娠中に脚本を執筆した。アメリカでは精子提供を受ける女性は年間5万人ほどおり、3〜5万人の子どもが産まれるという。NPO運営の精子バンクも存在するアメリカでは、子どもを持つことは個人の判断と責任であり、形や体裁ましてや周りがとやかく言う問題ではないという意識が高いと言われる。
どんなにIQが高かろうが、人徳のある人だろうが、精子が優良状態であるとは限らず、優良精子の持ち主もほかの側面では様々な欠点を持っているかもしれない。しかし何より子どもを持った人が親として子どもを愛し、責任を持てるかどうか。そして、子どもを育てやすい環境、どういう形で産まれてこようが社会的・法的差別のない環境があるかどうかが大切なのではないだろうか。
■映画を意識変革のきっかけに
最初は子どもの遺伝上の父親だと正体を名乗ることに抵抗があったダヴィッド。一体2年間で693回もマスターベーションするなんてどこのどいつだ?とからかわれることは明らかだし、それがある目的のためであったこともわかってしまう。しかし、ひょんなことから“子ども”の1人を知り、父性と好奇心が目覚めてしまう。
ダヴィッドは自分の“子ども”たちを訪ね、身元を明かさずに彼らに助けの手を差し伸べる。もちろん彼はこの子たちの夜泣きに悩まされたこともなければ、生活費の工面もしたこともない。無責任な立場と言えばそうだが、親とは違う、兄貴のような立場にはなれるかもしれない。もし世の中が身内だらけなら、私たちの社会はより温かみのある場所になるかもしれない。“他人事”でなければ、人間は親身に優しくなれる。広い目で見れば、人類みな兄弟なのだから。
親になる以前から立派な親である人などいない。様々な事態を切り抜け、ダヴィッドはヴァレリーが生んだ子どもの、そして“スターバック”の正体を知りたいと願う142人にふさわしい父親になれるのか?
現実は、この映画のようにはいかないかもしれない。ただこの作品が、少なくとも日本で真剣に子どもを欲する人たち:夫婦、単身者、同性愛者を問わず、平等に、安全で、合法な機会を与えられ、精子や卵子提供で産まれてきた子どもたちとその親が、何の負い目もなく生きてゆける社会の意識を変えるきっかけになれるかもしれない。
※本作は争奪戦の上、リメイク権をドリーム・ワークスが獲得した。監督と脚本はオリジナル同様ケン・スコットが担当するとのこと。インドでもボリウッド・バージョンが製作されているという(パクリなのか、正当なリメイクなのか?)。2012年のインディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパンでは『ビッキー・ドナー/ドナーはビッキー』というボリウッド調コメディながら、パンジャビ系とベンガリ系の文化的対立や社会考察も交えた秀作が上映された(ただアーリア系だから優生ドナー、ゲイだからドナーには不適切といった差別的な表現も含まれている)。
text by:松下由美
profile for Yumi Matsushita
映画祭や映画宣伝の司会・英語通訳のほか「中華電影データブック」「アジア映画の森」などへの執筆を行う。外国映画・メディアの製作や映画祭のキュレーターも担当している。https://twitter.com/MatsushitaYumi
『人生、ブラボー!』
原題:STARBUCK
監督・脚本:ケン・スコット
出演:パトリック・ユアール、アントワーヌ・ベルトラン
配給:クロックワークス、コムストック・グループ
2011年/カナダ/110分
(C) 2011 PCF STARBUCK LE FILM INC.
公式HP http://www.jinseibravo.com/
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