【FILMeX】514号室
(第13回東京フィルメックス・コンペティション部門)
イスラエルは国民皆兵度を行っている国家だ。つまり女性でも軍役を課されるというシステム。なぜ女性まで徴兵するのか?その理由として言われているのが、イスラエルの建国自体が軍事力によるものであったこと、また第3次中東戦争(1967年)以来の占領地を維持するために強大な兵力が必要とされるからということらしい。また、軍はイスラエル人のアイデンティティの根幹であるとされ、イスラエル人としての意識を作り出すという重要な機能があるとも言われている。本作の場合、このことを頭に入れて見たほうが、登場人物の心情や背景を理解しやすいのではないかと思う。
イスラエルの女性軍人アナは、軍で起きた事件の関係者から事情聴取をする取調官。彼女の仕事部屋がタイトルにある“514号室”だ。退役間近の彼女が取り組んでいたのは、軍関係者によるパレスチナ人家族への暴行事件。彼女の上官エレズは、事件に関わらないようにと忠告する。だがアナはそれに納得いかず、調査を進める。
アナは法を遵守し、彼女なりの正義感とモラルで、事件の真相究明に取り組む。被疑者の若い司令官ダヴディは女性蔑視、パレスチナへの敵意むき出しと言えるような発言を繰り返し、アナと衝突。だが、彼が所属する部隊は“狼”とも形容され、戦場の最前線で、常に命の危険にあることが、尋問の中で次第に明らかになっていく。そしてダヴディなりのイスラエルへの忠誠心、国民を守ることの結果として事件を起こしたことが分かる。
実は筆者は、本作を観ている途中まで、イスラエルが国民皆兵度であることを忘れていた。つまり、アナもダヴディもエレズも皆、志願して入隊しているものと何気なく思っていたのだ。尋問中にアナが携帯電話に出たり(母親からの電話でアナ自身は迷惑がっていたが)、514号室でのアナと婚約者のいるエレズの情事のシーン等、彼女のプライベートの描写がゆるく、イラついていた。いっそ彼女のプライバシーは映画から排除し、「正義とは何か?」「法とは何か?」を問う、スリリングな裁判劇だけに焦点を絞ったほうがいいと思った。
だが、「イスラエルは女性も徴兵される国だ」と思い出したとき、アナのプライベートの描写が、筆者のなかで意味を持ってきた。それは、アナは軍人であると同時に、ごく普通の一般市民であることを、本作の作り手側は強く意識させたかったのではないだろうか。もちろん、職業軍人だって人間。親もいるし、恋人とセックスもするだろう。ただ、もしアナたちが職業軍人であれば、彼らの行為を「風紀の乱れ」という一言で杓子定規的に切り捨てられるように思えた。でも、若いうちから半ば強制的に軍役につき、戦線に配属されれば人を殺さなければならない状況もあるというのは、想像を絶するストレスのはず。そして何よりも、普通の市民を犯罪者にしてしまう可能性もあるのだ。結果的にダヴディは人生を狂わされてしまう。そしてアナが追求したかった「正義」も、軍には存在しないという、虚無感・・・。
今、日本では総選挙を控え、憲法を改正したうえで国防軍や徴兵制度の検討などを主張している政党もある。でも、特に徴兵制は一般市民に戦争を強いることに繋がりかねない。アナやダヴディの辿る運命にやり切れない思いを抱え、率直に「怖い」と感じた。そこまでの苦悩や重荷を一般人に強いていいものか、国民はそれを受け入れる覚悟があるのか。そんなことにも思い至った映画でもあった。
また、筆者が感じた「怖い」。観客にこれを感じさせたのなら、本作は「反戦映画」として成功した証だ。“514号室”という密室空間から戦争の恐怖を伝えるという独特のアプローチには、作り手側の意欲が感じられる。
▼作品情報▼
原題:Room 514 / Heder 514
監督:シャロン・バルズィヴ
出演:アシア・ナイフェルド、ガイ・ガブル、オハッド・ホール、ウディ・ペルシ
イスラエル / 2011 / 90分
▼第13回東京フィルメックス▼
期間:2012年11月23日(金)〜12月2日(日)
(木下恵介の生誕100年祭は12月7日まで)
場所:有楽町朝日ホール・東劇・TOHOシネマズ日劇
公式サイト:http://filmex.net/2012/