【FILMeX】ティエダンのラブソング
(第13回東京フィルメックス・コンペティション)
二人台(アルレンタイ)という芸能を、この作品で初めて知った。二人で歌の掛け合いをするから二人台という。Q&Aでのハオ・ジェ監督によれば、山西省、陝西省、河北省、内蒙古の4地域で古くから親しまれている音楽劇だという。伴奏には京劇と同じ楽器も使われているようだが、内容は庶民的で、女房に出て行かれた男の嘆き節があったり、若い女性の恋の話があったり、コミカルな歌があったりとバラエティーに富んでいる。庶民の生活に寄り添い親しまれてきたことが、容易に想像がつく。例えると、ブロードウェイの高級なショーというよりは、地方のボードヴィルのような魅力である。
ティエダンのラヴソングとは、彼の幼き頃、父親と同じ劇団員で近所に住んでいた、若い女性メイ(イエ・ラン)、友達の母でもある彼女への恋心のこと。彼女の笑顔、歌声に魅了されたティエダンは、大人になり久しぶりに彼女の家族と再会する。メイの3人娘のうち、長女は母親に瓜二つ。会った瞬間から二人は恋に落ち、結婚しようと心に決める。しかし、その父親によって二人は引き裂かれ、その上彼は、彼女とは似ても似つかぬ次女と結婚させられ、失意のうちに旅の劇団に飛び込み故郷を去っていく…
他愛ない話と言うなかれ。メイの家族は、いわば二人台そのものなのだから。ティエダンのラブソングとは、二人台へのラブソングと言い換えてもおかしくはない。ティエダンと彼の父親、メイと彼女の娘たち。このふたつの家族の歴史は、二人台の衰亡史にもなっている。そういう点では、往年のハリウッド・ミュージカルの方法論と相通ずる部分がある。例えば『ショウほど素敵な商売はない』(54)。あるボードヴィル一家の離散と再会の家族史が、そのままショウの歴史にもなっているなど共通点は多い。主演は、一歳の息子がいるというのに、どうみても40代後半にしか見えないエセル・マーマン。本作のティエダンも最初は20歳くらいの設定なのだが、40代に見えてしまう。でもそれでいいのだ。『ショウほど素敵な商売はない』は、彼女の有名な、誰もが一度は聴いたことがある歌声を聴くためにある映画なのだから。本作もまた、ティエダン(フォン・スー)の芸を満喫するための映画なのである。失意のうちに劇団の人たちと旅に出たティエダンが、その悲しい思いを歌うシーンの素晴らしさ。物語と彼の芸が一体となり情に訴えてくる。
ボードヴィルが時代の流れと共に、衰退していったのと同様、二人台も今や存亡の危機にあるようだ。長い歴史を持つこの芸能は、文化大革命による一時的な中断時期も乗り越え、一時は各地で熱烈な歓迎を受けていたようであるが、80年改革開放政策が始まり外の文化が流れ込んでくることによって、一気に衰退していく。彼らがテレサ・テンの歌を歌ったり現代的な衣裳で踊りを踊ったりして、なんとか生活を成りたてているさまは、とても寂しい。07年には、国家レベル無形文化遺産保護事業に指定されたというのだが、それでもなお、消滅の危機にあるという。この作品が広く観られることこそ、危機を救う。81年生まれ、まだ若いハオ・ジェ監督が、そこに目をつけたことは、頼もしい限りだ。こういう志のある若い人がいる限り、中国の伝統文化は絶えることがないだろう。
▼作品情報▼
原題:The Love Songs Of Tiedan / Mei Jie
監督・脚本:ハオ・ジェ
撮影:ドゥー・プー
出演:フォン・スー、イエ・ラン
(中国 / 2012 / 91分)
▼第13回東京フィルメックス▼
期間:2012年11月23日(金)〜12月2日(日)
(木下恵介の生誕100年祭は12月7日まで)
場所:有楽町朝日ホール・東劇・TOHOシネマズ日劇
公式サイト:http://filmex.net/2012/