【FILMeX】ひろしま 石内都・遺されたものたち

原爆被害者遺品の写真、その向こうに見えてくるもの

岩波ホールにて、7/20(土)〜8/16(金)の上映が決定しました。

(第13回東京フィルメックス特別招待作品)

石内都  原爆資料館に収蔵されている遺品、洋服、アクセサリー、靴、人形を撮影した石内都の「ひろしま」の個展が、2011年10月から2012年2月まで、カナダのバンクーバーにある人類博物館で開かれた。この作品はその開催前から開催後の人々の反応まで追ったドキュメンタリーである。まず、人類博物館の常設展示物であるトーテム・ポールと写真展に共通する部分があることを発見したリンダ・ホーグランド監督が、そのふたつを映画の冒頭から終幕まで、重ね合わせて写していることに興味を惹かれる。故人の思いが染みついた洋服と、不幸にも西洋人によって追われた先住民たちの魂が沁みこんだトーテム・ポール。過去のものであるというのに、現在も生きつづけ、人々に何かを語りかけてくる。このことが、石内都の「ひろしま」の意味を何よりも明確に表している。

そもそも、石内氏が「ひろしま」を撮るきっかけとなったのは、亡くなった実母の遺品を撮影した作品「Mothers」を見た書籍編集者が、彼女に依頼してきたものだったという。亡くなった近親者の遺品を大切に取っておく。それに私たちが何かを語りかける。誰にでもあることである。「Mothers」は彼女にとっては、生前そりが合わず、あまり話しをすることのなかった母親と、話しがしたい。そういう思いから作られた作品であると同時に、人々のそんな思いを代弁し、普遍性が定着したものであると言えよう。そういう意味では、書籍編集者の慧眼である。

映画では、石内都が広島の原爆資料館に出向き、写真を撮る様子も撮影されている。それが興味深い。原爆で命を失った子供の、大切に仕舞われていた日本人形が資料館に持ち込まれる。箱に入れられたままのこの人形は悲しげで、どこか気味悪くさえ見えるのだが、彼女の目を通し写された人形は、まるで撮影されることによって、悲しみから解放されたかのように、優しげで美しい姿に変化している。「被写体に話しかけていると、向こうも語りかけてくれる」だから美しく撮ってあげたい。そんな彼女の思いがフィルムに定着するのだろう。彼女の写真の真骨頂を見る思いがし、また遺品を撮影することの意味がそこにあると感じた。

個展で展示された写真たちは、確かに美しくもあり、悲惨でもあり、複雑な感覚でもって私たちの目に訴えかけてくる。「この靴の紐はどこへ行ってしまったのだろう」「このボロボロになった洋服の持ち主はどんな最期を遂げたのだろう」映画の中でもそんな素朴な思いを口にする人たちがいた。どうしても最初はそんな気持ちを抱いてしまう。けれども見つめているうちに、その先にあるものが見えてくる。「美しいものを撮っている」石内都のそんな意識が、悲惨さの向こうにある美しかった生の輝きをも焙りだすのである。ワン・ピースや小物、よく見てみるとそれらは戦時中にこんなものを着ていたのかというくらいに美しい。意外だったのだが、当時の女性はモンペや国民服の下に、お洒落なものを着ていたというのである。苦しい中でもどこかで女性らしい気持になりたい。そんな健気な生を謳歌していた人々の心が、この写真から蘇ってくるかのようだ。石内都が遺品を撮り続ける理由はそこにあるのだろう。


リンダ・ホーグランド監督について(Q&Aから)

リンダ・ホーグランド  映画の後半は、それぞれの写真を、それを見る人たちの姿といっしょにじっくり写しだすとともに、彼らにインタビューをすることで、多角的に写真の意味をあぶりだそうとしている。自らも被曝者であるという日系カナダ人、幼い時友達を広島で亡くしたという女性。戦時中日本から受けたことに思いを馳せる韓国人。自分の父親がマンハッタン計画に関っており、その後罪の意識を抱いたまま生き続けたというカナダ人女性。ウランを掘っていた先住民たちが「アメリカ政府もカナダ政府も日本に謝罪していないのに、広島に行き謝罪した」という意外な話。写真と向き合うことで、彼らの口から溢れだした言葉は、それぞれが置かれた立場や境遇によってさまざまであり、興味深い。

とてもよく出来ているのだが、ネタを明かせば、「写真を見て人々が戦争は悪いと連発することを恐れ、戦争や被爆について複雑な体験を持っている人たちを事前に選んでいた」とのこと。リンダ・ホーグランド監督自身は、日本の小学校で教育を受けそこで「ヒロシマ」に直面する。それで子供時代に「自分の祖国が原爆を落とした」という負い目を持つのである。一方「アメリカでは、どんなにリベラルな人でも、広島については正面玄関が閉じられていて、この映画のような間接的な入口しかないとわかっていました」と言う。個展に来場する人たちを事前に選ぶという演出は、そういう人たちの目を開かせたい。そんな責任感から、敢えてしたものだったのである。そいう意味では、彼女にとってもこの写真展との出会いが、自らの人生にとって重要な意味を持っていたとも言える。それゆえ最後に、「『特攻/TOKYO』『ANPO』『ひろしま』この三部作、これで私の中での太平洋戦争は終わりました」と語っていたのが、とても印象的だった。


▼作品情報▼
原題:Things Left Behind
監督:リンダ・ホーグランド
配給:NHKエンタープライズ
(日本、アメリカ / 2012 / 80分)
※2013年7月中旬から岩波ホールでの公開が決定
※12月7日からカナダ大使館の画廊にて石内都写真展開催決定
©NHK / Things Left Behind, LLC 2012


▼第13回東京フィルメックス▼

期間:2012年11月23日(金)〜12月2日(日)

(木下恵介の生誕100年祭は12月7日まで)

場所:有楽町朝日ホール・東劇・TOHOシネマズ日劇

公式サイト:http://filmex.net/2012/

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