『その夜の侍』他者との関係性を巡って―妻を殺された男の復讐心は昇華できるのか

(映画の結末に触れている部分がありますのでご注意ください)
5年前に妻をひき逃げ事件で亡くし、深い喪失感に苛まれながら生きる中村(堺雅人)。一方、ひき逃げ犯の木島(山田孝之)は、服役後も反省の色はなく、変わらずに暴力的で自堕落な日々を過ごしていた。そんなある日、木島のもとに「お前を殺して、俺は死ぬ」と言う手紙が届く。妻の命日に復讐を決行しようと目論む中村の仕業だった……。

登場人物たちの人間関係は実に奇妙である。と言うか、「木島との関係」がみな奇妙だ。ひき逃げの際に木島の車に同乗していた小林(綾野剛)は、出所後も彼の言うなりで、自分のアパートに居候させている。木島に暴力を振るわれた男や女も、なぜか彼を受け入れ、慕うように行動を共にしている。ひき逃げされた被害者の兄(新井浩文)に至っては、義弟・中村のストーカー行為により木島から「警察に言ってほしくなければ金を払え」と脅迫を受ける始末。立場的に逆だ。

一見、復讐されても同情の余地はない人間のクズのような木島なのだが、誰も彼から離れていかず、なぜか彼のペースに巻き込まれて抗えない。唯一、中村の復讐心だけが正常な感情のようにも思えてくる。しかし……嵐の夜に木島に対峙した中村は、その覚悟を持ちながらも、彼を殺すことを止める。なぜなのか。

木島をストークし続けた中村は、彼がこの1か月間に食したものを読み上げて「お前は、何気なく生きている」と言う。復讐を拠り所にして生きてきた中村と木島はあまりにも違い過ぎた。そして悟る。彼は自分たちの人生に闖入してきたかのように見えたが、実は何も関係がないと言うことに。「お前を殺して俺も死ぬ」という強い関係性なんて、結ぶ意味もないと言うことに。

人と人とのつながりは、断ち切れないように見える。しかし、どんな関係を結ぶかは自分で選んでいくことは可能だ。嫌な奴からは離れればいい。忌々しいものに、自分の人生をかける必要は無い。離れられないと思い込んでいるのは、実は自分自身だ。それよりも、大切な人と関係を結んで、他愛もない話をする「平凡な」幸福を見つけることに、全力を注ぐべきなのだ。

映画のラスト、中村は帰宅し、亡き妻の残した留守電メッセージを消去した。喪失感が埋まることはない。でも、喪失感を復讐心で埋めても意味がない。彼は5年間の呪縛から自らを解放し、それでも生きていこうと、ようやく1歩踏み出そうとしている……。そんな希望を見出せる結末だ。

劇団「THE SHAMPOO HAT」の赤堀雅秋が、作・演出・主演を務める同名戯曲を自ら監督した本作。映画化にあたり配した役者陣は、堺雅人、山田孝之、新井浩文など曲者揃いだが、なかでもこのドラマに凄味を持たせているのは山田孝之だろう。木島役のクズっぷりと、それでも人を惹きつける悪魔的な魅力がなければ、このストーリーは成り立たない。このバランスってすごく難しい。役者の底力をつくづく感じることができる一本である。

▼作品情報▼
監督:赤堀雅秋
出演:堺雅人、山田孝之、新井浩文、綾野剛
製作:2012年/日/119分
© 2012「その夜の侍」製作委員会
http://sonoyorunosamurai.com/

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