英国貴公子たちの過去、現在、未来 PART2

~英国におけるそのブームの背景~

当時の英国はどうだったかというと、皮肉なことに、サッチャーの改革の嵐が吹き荒れていた時期にあたる。サッチャー首相の政策テーマは「英国病の克服」…インフレを潰す。組合を潰す。公営企業の民営化など。それで失業者が一時的に増大していた苦しい時代。ちなみに、『ブラス!』(96年)『フル・モンティ』(97年)『リトル・ダンサー』(2000年)をはじめとする、一連の労働者ムービーは、この頃を描いた作品だ。

映画界はというと、例外にもれず70年代以来この英国病に冒され、不振を極めていたところだった。しかし、世の中の大きな動きに合わせるかのように、映画界にも変化がおとずれるのである。1982年、チャンネル4が設立される。チャンネル4では、テレビ放映と共に劇場公開の機会を与えるという方針で、「フィルム・オン・フォー」という番組をスタートさせ、革新的な映像を志す若手映画作家に広く門戸を開いた。ここからピーター・グリーナウェイ『英国式庭園殺人事件』(82年)、スティーヴン・フリアーズ『マイ・ビューティフル・ランドレッド』(85年)等が登場する。

さらには、1985年「英国映画年」の名の下に「映画離れした観客を映画館に呼び戻そう」という一大キャンペーンも繰り広げられる。そして1986年には、『モナリザ』『眺めのいい部屋』『マイ・ビューティフル・ランドレッド』がアメリカでロング・ラン、英国映画の復興が世界に知らしめられた。ここに英国映画のブームが始まる。 この勢いに乗って次々にインディペンデント系のプロダクションも設立される。ゼニース・プロ『シド・アンド・ナンシー』『マリリンとアインシュタイン』、ハンドメイド・フィルムズ『未来世紀ブラジル』、ヴァージン『アナザー・カントリー』『1984』、それとブリティシュ・フィルム・インスティテュート『カラヴァジオ』など……。

日本を筆頭に海外では、特に英国のエキゾティズムが大いに人気を呼んだ。パプリック・スクールを舞台にしたもの、貴族の世界を舞台にしたもの。気品やダンディズムである。折からの不況対策のため、貴族たちが建物の維持費を稼ぎだそうと、屋敷を撮影に提供してくれたことも、ブームのけん引力となった。『モーリス』、『ハンドフル・オブ・ダスト』、『サマー・ストーリー』、『白い炎の女』、『ひと月の夏』、『アナザー・カントリー』など。ブームの中で同時期に現れた、ケネス・ブラナー、ゲーリー・オールドマン、ティム・ロス、リーアム・ニーソン、ガブリエル・バーンまで英国貴公子の枠の中にくくられていたのは今振り返ると、失笑ものである。

それにしても、こんなブームは長く続くはずはない。同じようなものばかりが作られれば時期に飽きられるのが世の常。また、これらの動きは当初のチャンネル4が意図したものとは違っていた。そこで、同社は1987年に、ブリティッシュ・フィルム・インスティテュートなどと共に、新人監督育成プログラム「ニュー・ディレクターズ」を開始する。そしてこの頃現在英国映画界で活躍する監督たちが、短編映画でデビューしてくるのだ。『秘密と嘘』のマイク・リー、『ブラス!』のマーク・ハーマン、『ウェルカム・トゥ・サラエボ』のマイケル・ウィンターボトムら。 そして英国映画は、労働者ムービーの時代へと移り変わっていったのであった。

Text by 藤澤 貞彦

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